episode343 ページ3
味のなくなったガムを、銀紙に包んで、ベンチ横のくずかごの中に落とす。
少し、頭が冴えた。窓の外に広がる空に見蕩れて、いつになくふわふわとしていた心地が、ようやく地へと降りてきた気がする。
「……Aちゃん、大丈夫？」
西蔭さん、そして悠馬。
その次に声を掛けてくれたのは、光くんだった。
こうしてそれぞれ私のところに来てくれるということは、もしかして、思ったよりもみんなに心配を掛けているんだろうか。
それならもう一度、あの輪の中に戻った方がいいのかな。
「どこにいるんだろう、って思ったら、少し離れたところにいたから。人混み、苦手なんだっけ」
「うん、少しね。でも、体調が優れない訳ではないんだよ」
どれだけ優れた私の目も、鏡なしには、自分自身の表情を見ることは叶わない。
それでも目の前の光くんの表情は多分、私とよく似ているんだろう、と感じた。
じんわりと滲む緊張と、鈍色をした苦いノスタルジー。
「はー、……ロシアの空気、久しぶり。すっごい皮肉なもんだけど、俺と兄ちゃんにとっては第二の故郷だからなぁ」
「私はここに来たのは初めてだけれど、もう第二の故郷なんだな、と思っているよ。何となく、この空気に懐かしさを感じたから」
思い入れもないけれど、自身のルーツに逆らうことは出来ない。どうしようもなく、複雑な心境で。
「家族＿＿特に、父親の話は、あまり思い出したくないんだけれどね。ここに来た以上には、もう避けられないのかな……と思ったり、さ」
光くん＿＿あの時は充くんだったけれど＿＿に、私の家族の話をした時も、母や兄の話に比べて、父の話だけは分かりやすく避けていた自覚がある。
そして、そのことに光くんは確実に気付いている＿＿
先程から胸に広がり続けている何とも言えない苦みが、今度は嫌な心地の熱までもを持ち出したような感覚に苛まれはじめた、その時。
「＿＿FFI、絶対に優勝しよう。Aちゃん」
まるで、蝋燭の灯。微かだけれど、それでも確かにそこで揺らめいていた不安。
それを優しくそっと包むように、光くんは少し早口で続ける。
「あとは……そう、遊園地！宿舎の近くにあるんだ。だからさ、もし時間が出来たら、俺と一緒に行こう。……ね？」
気を遣ってくれた、と気付くのは、早かった。
私達にとって、ここが苦い思い出を持つ場所であることは変わらない。
そこで苦しみを積み重ねていくくらいなら、それを覆していくような、楽しい思い出を作りたいから。
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2022年3月31日 19時
