360 とける、あゆむ、 ページ20
「昔、家族と一緒にいる時に、雪崩に巻き込まれたことがあってね」
一対一で話したことなんてこれまでなかったのに、随分踏み込んだ話だ。
そのはずなのに何故か、吹雪先輩の声はすっと心に溶け込んでいくようだった。
少なくとも私の心は、拒まなくて。
「僕は平気だったけど、アツヤは生死を彷徨うことになって。その時は、怪我の深くなかった僕の方が生きた心地がしなかった。どうして、守れなかったんだろうって。お兄ちゃん、なのに」
それはまるで、ひとひらの雪が、虚しくアスファルトに解けて消えていくのと似ている気がした。
「そう、……なんですか」
兄、だから。
知ってる、そう譲らなかったひとを。
「誰かが傷付くことは、何より悲しいこと。誰かを守れないことは、何より虚しいことだから」
そう言って、私を守り続けたひとを。
ああ、分かった。
吹雪先輩のことが気になっていた理由。
＿＿吹雪先輩を、少し怖いと思った理由。
「きっとこの先だって、僕達は狙われ続ける。これが束の間の安寧だとしても、皆を守れたことを、僕は決して悔やまないよ」
(自分は時間稼ぎだって、言うんですか……)
それが貴方の信じる正義なら、きっと誰かに阻めるものではないんだろう。
分かってる、分かってるけれど。
それでも引き留めたいと思ってしまうのは、エゴ？
あの頃はずっと、ずっと苦しかった。
私を置いて暗闇を独りで歩いていくくらいなら、一緒に手を繋いで、破滅まで連れて行ってほしかったから。
(でも)
吹雪先輩は、由羽真くんじゃない。
きっと、少し前ならそのまま、私の辛さをぶつけてしまっていた。
だから、それらを全部、全部振り払うように、
「決して諦めないでください、吹雪先輩。またフィールドに、帰って来て」
口にすると、何だか胸のつかえが取れた心地がした。
きっと、どろどろに融けた愛の残骸が、流れて行ったのだ。
(ようやく私も由羽真くんから、……兄離れが出来た、気がするな。長かった、とても)
先程飲んだミネラルウォーターが連れて来たものじゃなくて、本当の意味でのクールダウンが訪れる。
「僕の希望はアツヤに繋ぐよ。僕の代わりにきっと、このチームの力になってくれる。もちろん、僕だって立ち止まらない。この脚でも歩ける道を行く」
皆の愛するサッカーを守る為に。
違った視点から、オリオン財団を詰めに行く。
だから、僕に任せてくれないかな、と。
「僕はオリオンの使徒として、オリオン財団に潜入する」
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2022年3月31日 19時
