362 error-511＿＿Side Y ページ22
どうやって自室まで戻ったのか、はっきりと思い出せない。
血液に細雪のような、冷たく鋭い針が混じったような心地だ。脈打つ度に、じくりと痛む。
ああ、いっそ全身を酷く掻きむしって、この血液ごと取り除いてしまいたい。
ごめんね、西蔭。体調が優れないの。
だから、少しの間だけ部屋で休ませてほしい。
Aを連れて、ミーティングに行ってくれる？
そう伝えれば、ちゃんと、いつも通りの僕だよね？
＿＿疑われたり、しない、よね？
たったひとりの、それも、あんなに小さな女の子に、ここまで心を乱されてしまうなんて、皇帝の名折れ？
知らないやつは、好きに言わせておけばいい。
だってあの子は、特別なんだもの。
(だってAは、僕の、僕の……)
……こうしてベッドで時間を無駄にし続けたって、仕方ない。
(水でも、飲もうか。Aだってあの時、コップを持ってたし)
重くてだるい体をゆっくりと起して、少しの油断で閉じていこうとする瞼を何とか開けば、僕はようやく、その異変に気付くことができた。
(王帝月ノ宮の、学生寮？)
ここはロシアにある宿舎じゃなくて、まるで牢屋のような僕の部屋だった。
＿＿どうやって自室まで戻ったかの記憶は曖昧だったけど、まさかここまで戻ってきてしまうとはね。
普通に考えたら、夢であるというのが当たり前なのに、何だかそんな些細な思考にまで疲れてしまったのか、常識をぽいと容易くも放棄して。
(……うん。思い通りに、動けそう)
少しの間、現実逃避に興じてみよう、なんて思う。
誰にも迷惑は掛けないから、これくらいは許してよ。
目が覚める頃には、いつもの僕に戻るからさ。
地面を踏みしめているはずの足の感覚は、鈍い。
ふわふわとしていて、何だか幽霊にでもなってしまったみたいだ……といっても、僕は幽霊になったことは、ないけど。
こんな足でも、サッカーは出来るのかな？
何だか面白半分で確かめてみたくて、自然と寮の中にあった屋内フィールドへと足が進んでいた。
日中の学習や投薬、それにサッカーの実技訓練に疲れて、わざわざ寮に帰ってきてまでサッカーをやろうと思う人間はほとんどいなくて。
はっきり言えば、ただそこにあるだけ、みたいな設備。
(でも……“あの人”はきっと、寝る間も惜しんで、ここでボールを蹴っていたんじゃないかな……)
……そう、頭に“あの人”の姿が過ぎったのと、同時。
少しずつ近付いてきた屋内フィールドから、ボールの弾む音が確かに、聞こえたんだ。
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2022年3月31日 19時
