episode358 ページ18
冷たさを残したまま空っぽになったマグカップを、落とさないようにと気を配りながら＿＿ふらふらと指に引っ掛けて、廊下を歩く。
監視カメラの類は見られなかった。
何か妨害の叶うような仕掛けが取り付けられるような場所は、これから定期的に確認に回ろう。
敵の本拠地に、近付いた訳だ。
警戒は、強めておく。
(最後に、医務室……)
大怪我じゃない限りは、マネージャーが持っている救急箱で間に合う。
とは言ってもこの大会中で大怪我という事態は、途轍もなく皮肉なものだけど、常に私達と隣り合わせの状態だ。
進んで世話には、なりたくないけれど。
振り返りたくもない過去の話とも合わせて、ぼんやりとしていた頭。
……そのせいで、窓に映る微かな人影に気付かず、ノックも無しに医務室のドアを開いてしまった。
「あ……、ごめんなさい。誰もいないものだと、思って」
「ううん。僕こそ、驚かせてごめんね」
まるで雪のように、儚い微笑が返ってくる。
医務室で息を潜めるように佇んでいたのは、吹雪先輩だった。
いつも隠れている脚にはテーピングがしてあり、吹雪先輩が腰掛けている長椅子の上にもテーピング用品が並んでいる。処置をし直すタイミングだったのだろう。
「見られちゃった、な」
その微笑の端に、同じく雪のように＿＿冷たげな影が覗く。
吹雪先輩はあの時からずっと、怪我を隠していた。それを私に知られてしまったことに、少なからず動揺しているんだと思う。
「……あの試合以来、吹雪先輩、両脚の重心の掛け方の比率が以前と変わっているんです。怪我した方の脚を庇っているんだと思うんですが」
そっと吹雪先輩の足元に跪きながら、患部を見る。
想像以上の怪我だ。この脚じゃきっと、今後試合に出るのも厳しくなる。
(それどころか……次の試合が、きっと)
「怪我をした箇所を、誰にも気付かれないように支えているから、二次的に脚のこの部分に負荷が掛かります。だから……この箇所まで、強く補強した方がいい」
「そう。……隠してたつもりだったんだけど、知ってたんだね。僕が、怪我してたこと」
一応、学校の方であらゆる負傷に対する適切な処置法を学んでいる。
恐らく、マネージャーにも引けは取らないだろう。
……それはあくまでも、アレスプログラムの兵力を少しでも減らさない為に学ばされたものだろうけれど。
それでも、こうして誰かの役に立てるなら、構わない。
「知らないふりをしていてくれて、ありがとう。Aちゃん」
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2022年3月31日 19時
