episode338 Side Y ページ47
「本命は、スペインですか」
「まだ分からないよ。一次グループリーグでの日本の相手は、スペイン、アメリカ、ロシアだ。この中で、ランキングが最も高いのはスペイン＿＿」
周りが飛行機での旅を楽しむ中、僕と西蔭はいつも通り、タブレット端末を覗き込んでいた。
賑やかな声に惑わされるくらいに気が抜けないというのは、僕も西蔭も、かなり損な性格だと思う。
「……何か、気になることが？」
試合の映像を見ながら、ウェブサイトを参照する。
その目で比較を促すように指先を液晶の上でとんとん、と滑らせる。
「ロシアチームのデータが奇妙なんだ。これはエキシビションマッチなんだけどね、このキーパー、FFIの公式データではフォワードとなっているんだ」
「……？ ウェブサイト側のミスでしょう」
西蔭は、日本に戻ってきてから悩み続けていた僕に安寧を与えようとしたのか、それでも口にした自身もあまり納得出来ない、といった表情で、淡々と呟く。
身の熟し方は、流石と言うしかない。
でも、僕が違和感を覚えたのは、それよりも……
「だと思うけど……だけど、この筋肉のつき方はキーパーじゃない」
ここで、ふわ、と気の抜けたかわいらしい欠伸が、もう片方の隣から聞こえた。
良くも悪くも、タイミングを見計らっていたとしか考えられない、けど。
「ね。君もそう思うでしょ」
「……ん。君が言うなら、そうなんじゃないかな」
「もう。さっきから、窓ばっかり見て……」
今の彼女は、窓の外の、空の虜。
毎日朝練をしている西蔭から、今日はAも随分早起きだったと聞いたけど、もしかして飛行機に乗るのが楽しみだったのかな。
仕方ない。今のAの邪魔をしたら、かなり大きく機嫌を損ねてしまいそうだ……と諦めようとした、その時。
「ゴールキーパーは遅筋よりも、速筋を鍛えるものだよね。持久力よりも、瞬間的な力」
Aは空から窓を離さないまま、僕達からそっぽを向いたまま。
指先だけをタブレットの方に向けて、器用に操作してみせる。開かれたフォルダには、FFの、つまり日本中のゴールキーパーの選手データ。
「あとは、太腿と体幹。セービング、それに、構えにも必要だから、ゴールキーパーなら優先して鍛えているはず。そこには特に注目してみて」
ねぇ、本当は見えてるんじゃないの。
こっちのこと、そして、僕のこと。
そのくらい正確に、突き詰めてしまうものだから。
「飛行機から降りたら、その話に付き合ってあげるからさ」
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2021年9月10日 19時
