episode337 ページ46
寝起きは、案外悪くなかったらしい。
あれだけ“夜更かし”をした割には、窓から差す朝陽に呼ばれるようにして、ぱちりと目が覚めた。
いつも西蔭さんが起こしにくるよりも、随分早い時間だ。もう一睡する程の眠気も、今日は無さそう。
(……先に共用スペースに居たら、悠馬と西蔭さんもびっくりするかな)
コップ一杯の水を飲んで、いつものチューインキャンディを2粒口に放って、自室を出る。
悠馬と会った夜とは違った静けさの中、誰も起こしてしまわないように、と足音を殺しながら長い廊下を抜けていく。
そして、そんな爽やかな朝の中、それには少し似合わないような、がしゃ、がしゃ、と器械音がトレーニングルームから絶えず響いていた。
どうやら、誰かが既に自主練を始めているらしい。
(一番乗りかと思ったんだけれど、違ったんだ。かなり早い時間なのに、誰だろう……？)
単純に、好奇心。
トレーニングルームを朝から使っているのは誰なのかを、軽く確かめるだけのつもりだった。
しかしトレーニングルームと廊下を隔てる硝子越しに目が合ってしまって、その器械音はぴたりと止んでいた。
A、と。
私を呼ぶように口がそう動いていたから、思わずドアを開ける。
「おはようございます、西蔭さん。早いですね」
「あんたもな。……もしかして、眠れなかったか」
「いえ。今日は珍しく、早く目が覚めまして」
ふぅ、と息をついた西蔭さんに、入口近くに置いてあった真っ白なスポーツタオルを軽く投げて渡した。
備え付けのベンチに腰掛けながら、汗を拭う西蔭さんの横顔を覗く。
発汗量から見るに、私が起きるよりも早くからここで自主練をしているんじゃないだろうか。
「西蔭さん、もしかして、いつも早く起きてここを使っているんですか」
何となく、今日1日だけじゃない、と。
そんな気がして、また“好奇心”で聞く。
西蔭さんは静かにひとつだけ頷いて、大きく声を挙げずに嘆くように、そっと呟いた。
「俺は、野坂さんやあんたみたいに頭も回らないから。だったらいつでも、2人を守れるようにしていたい。それだけだ。……あんた、どうせまた何か企んでるんだろ」
「はは、……バレました？」
「俺は止めないが、誰にも心配は掛けるなよ。……俺を悲しませるようなことはするな、A」
触れていると怖くなるくらい、優しいひと。
それでも、怖くないから、と語りかけるように、また私に優しくするから。
「はい。西蔭さんと私の、約束ですね」
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2021年9月10日 19時
