episode335 ページ44
「フロイは……オリオンの使徒として、最初に所属したロシアのチームで、俺と仲良くしてくれた。歳が近かったのもあって」
少しでも緊張の解けた状態で、身構えずに話してほしい。そう思って切り出したつもり。
それを分かっていたのかは定かではないけれど、光くんは優しい表情で、ほんの僅か、暖かな思い出話を始めた。
「オリオンの使徒っていうのは、皆オリオン財団に弱みを握られてる。だから、他者を蹴落としてでも、って考えの人が多かった。俺と……兄ちゃんも、そうだったから」
光くんと、充くん。
話の視点をどこにするかと少し迷ってから、自分と兄が、と静かに、そう諦めを付けて。
「フロイはそんな事情を抱えた選手にも、分け隔てなく接してくれた。ロシアで初めての友達だった」
「フロイさんは、オリオン財団のギリカナンの一族ということだよね。彼も、オリオンの使徒だったの？」
「ううん。あいつは違う。あの時の俺の目が、眩んじゃうくらい、真っ直ぐなプレイをしてた。それに、フロイの口からオリオン財団の話はあまり聞かなかったから。……わざと、その話を避け続けようとしてたのかな」
嘲るような口振りでありながらも、その表情はずっと柔らかいまま。
それだけ彼を大事に思っているんだ、と。
その頃の充くんの環境さえ狂っていなければ、こんな思い出話も、微かな痛みさえ負わせることはなかったのに。
「フロイはね、よくお兄さんの話をしてくれたよ。歳の離れたお兄さんがいるって」
＿＿長男のベルナルド・ギリカナン氏が理事を相続。
あの記事を、思い出して。
「……そう。お兄さんの。光くんはフロイさんのお兄さんに、会ったことはある？」
「今は遠くにいるって、寂しそうだった。だから俺がロシアにいた間には、会えなかったんだ」
理事長と思われるひとが、本拠地を離れていた。
話が、見えてきたような気がする。
(理事長、もしくは、ギリカナン家に近しい権力者。代理を務められるだけの人間であれば、そんなところかな)
「話は、少し変わるけれど。私は、フロイさんのお兄さんが気になる。光くんの知っているベルナルド・ギリカナンは、あの船上パーティーで見た髭の老人。だよね」
「うん、俺はずっと、オリオン財団の理事長はフロイのお爺さんなのかなって思ってたけど」
光くんの言葉を待ちながら、空いた左手で以前見た、前理事長の訃報の記事を開く。
「あの時のAちゃん、納得行ってない顔だったから。ずっと、気になってた」
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2021年9月10日 19時
