334 アイ／スクリーム Side H ページ43
「Aちゃんは、海外って行ったことある？」
「ううん。初めて」
「不安とか、ある？」
「どうかな。今の状況では、楽しいとは言えないかもしれないけれど」
当たり障りのない会話、だと言いたいけど。
大会も信用ならないこんな状況で。それだけじゃない。
一星充が聞いたあの話を、嫌でも思い出していた。
＿＿ロシアで子供にサッカーを教えていた、正に好青年って感じのひと。
あの時のAちゃんは、母親の話と兄の話を聞かせてくれた。自身の父親の話は、そこまで終わっている。
あの時は必要ではなかったと言われたら、確かにそうかもしれなかった、けど。
さらけ出した自身の昔話のその中でも、それだけは踏み込まれることを嫌っていたのは、確かだった。
「オリオン財団はきっと、私達が本戦に進むことを想定していなかったんだろうなって思えば、そこに乗り込むのも悪くないよね」
「あはは……流石だなぁ」
手にしていたフォークを器用にくるくると回しながら、意地悪そうに笑ったAちゃん。
「俺は、……ほんとは、ちょっと不安かも。だって、親友のはずのフロイのこと、ずっと騙してたみたいで」
誰にも言わない、言えないはずだった心の内のもやもやとしたものが、緩やかな渦を巻きながら外側へと流れていくように、無意識に声になって出てきてしまった。
Aちゃんは、笑みはそのまま、意地悪さだけを奥へと隠して、柔らかい声色で呟く。
「……私は、充くんとも、光くんとも、友達だと思っているよ。騙されたとは、感じなかったけれどな」
フォークを置く音。キン、と冷たく響いた。
その音を合図に、真剣な眼差しで鋭く、もやもやとした心の患部だけを的確に射抜くみたいにして、俺に向き合いながら。
「充くんだって、今の光くんだって、同じようにフロイさんってひとを大事に思っているんでしょ。それなら君達は、誰も騙してなんかいないよ」
「うん、ありがとう。……そうだと、いいな」
痛みがあった心の一部分はすっかりと空っぽになって、何もなくなってしまうはずだった部分を、Aちゃんの真っ直ぐな探究心が優しく埋め直してくれる。
ひんやりとしたバニラ味のアイスクリームが、俺が挙げそうになっていた苦しげな悲鳴を、溶かしていく。
「フロイ・ギリカナンさんについて、教えてほしい。いいかな」
「いいよ。オリオン財団とどう関わってるかは、俺にも分からないけど＿＿他の誰でもない、俺の親友について。俺が、分かることなら」
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2021年9月10日 19時
