episode333 ページ42
ナイフで半分に切ると、さくり、という音と共に、シナモンの香りの湯気が立ち上り、はち切れるみたいにして、中からごろごろと、りんごが零れ出した。
「人気で、なかなか買えないんでしょ」
「まぁ、たまたま……縁があって」
(たまたま。本当かな)
気まぐれに、光くんの知らないところで自惚れてみたりもしながら。
半分に切り分けたアップルパイが乗った皿を、光くんの前に差し出そうとして、そう言えば、とふらふら、厨房の方へと向かう。
「前、ホットケーキに乗せたアイス。まだ、残っているかな」
「あれ、監督のじゃなかった？もう食べちゃったんじゃないの？」
「……あ。あった」
前置いた場所から、動いていない。
こんなに奥にあるんだから、監督自身も、置いたことすら覚えていないのかも。
どうせもうすぐ、ロシアに発つ。
宿舎の荷物は向こうの宿舎に運ぶことになるだろうけれど、アイスみたいな冷凍物となれば、別。
「この宿舎から引き上げられる前に、私達でもらっちゃおうよ。アップルパイにも、きっとよく合うし」
「ほんと、監督には遠慮ないなぁ……」
私の後、厨房についてきた光くんが、2人分のアップルパイの皿を持っていたから。
やっぱり、光くんも食べたいんじゃないかな。
「要らないなら、私がもらうから、無理はしなくていいよ？」
片方の皿、片方のアップルパイに、大きいスプーンで掬ったバニラアイスを乗せる。
独り占めするには少し多いような気もしたけれど、たまには、こんな贅沢も悪くないかもしれない……と考えながら、光くんの様子を窺う。
自分の口から言わないと、私は折れないと分かったんだろう。
光くんは仕方ない、と言いたげに、私のジャージの裾をつん、と引いてから、まだアイスの乗っていない方の皿を私の目の前に差し出した。
「前も言ったけど、俺達はもうとっくに共犯だから。……だから、俺のにも、アイスのっけて」
「うん、分かった」
アイスの添えられたアップルパイが、ふたつ。
私達は皿をひとつずつ運んで、元のテーブルにつく。
昼食をとったばかりなのに、またお腹が空いてきた。これが甘いものは別腹＿＿というやつだろうか。
嬉しそうな光くんの横顔を、少しだけ覗く。
静かな食堂、甘い香りが辺りを包む。
アイスがパイの熱で緩くとろけていくのを、じっと観察するように見つめながら、ナイフで一口大に切って、フォークを刺す。
私達は思わず目を合わせて、声を重ねた。
「美味しい……」
「美味しい！」
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2021年9月10日 19時
