episode296 ページ5
「……おっと」
廊下を転がったボールが、
被り物を被った状態でどのように視界を確認しているのかは分からないけれど、彼は此方を振り返った。
「ごめん、落としちゃった。それ、拾ってもらってもいいかな」
足で蹴り上げることはなく、わざわざその場にしゃがみこんで、ボールを手に取って私の方まで駆け寄ってくる李くん。
警戒を解かないのは、そういうことか。
確信がある今、どうやってもそれは事実の裏付けにしかならないけれど。
「Aさん、練習を続けるんですか？今日はもう夜も遅いですし、お休みになってはどうでしょう」
「大丈夫、もう練習は切り上げるよ。でも、もう少し野暮用があってね」
そう言って私へボールを差し出す手を、ぎゅっと捕まえる。
「……中国代表、
跳ねたのは、私が触れている手だけじゃない。
動揺の見えた肩に引っかかって、被り物まで揺れる。ぐらぐら、ぐらり。今、どんな表情をしているんだろうね。
「な……っ、何を言っているんです？」
「少し早く、中国代表の映像データを手に入れたんだ。そしたらそこで、どうにも見覚えのあるひとを見つけてね」
「僕はこの宿舎で、被り物を外したことはありませんよ。見覚えがあるなんて、そんなこと……」
ポケットからスマートフォンを取り出して、ひとりの選手にフォーカスを当てた映像を、李くんの目の前に翳す。
「身長、肩幅、四肢の長さ、足のサイズ。それらが全て、君と一致する選手がいるんだ。これって偶然かな。そんな訳、ないよね」
変わったシルエットの服装で多少の撹乱はされたものの、動いている姿を見れば大体の体型は分かる。
顔こそ、ふざけた被り物で隠され続けていたけれど。
「そのボールとの比で、極めて正確な数値まで出せるよ。何なら、照合でもしてみようか」
トラップを効かせて、再び李くんの足元にボールを転がした。
今度は拾い上げられることはなく、あの映像で見た通りの捌き方で、ボールがふわりと宙に浮かされ、吸い込まれるように李くんの手に収まる。
「……いや。その必要は、ないよ」
ゆっくりと被り物の下から覗いたのは、屈辱さえも飲み込んで挑発的に笑うリ・ハオくんだった。
「……あーあ、残念！こっちからネタバラシする前に、得意げに推理を披露されるとはね。聡眼か、油断するんじゃなかったな」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 357人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：三峰 契 | 作成日時：2021年9月10日 19時
