episode313 Side H ページ22
途端に巻き起こる歓声。
それらは全て、俺と、Aちゃんに向けて。
客席に手を振るAちゃんの笑みは、爽やかだけどどこか意地悪っぽくて、見ていると不思議な気持ちになる。
簡単に惑わされてしまいそうで、目を逸らした。
だけど、大きな中央モニターにもシュートを決めた俺だけじゃなくて、前線まで駆け抜けたAちゃんのその表情がいっぱいに映し出されていて。
360度、ふわりと熱っぽい、夢みたいな景色だ。
「光くん」
たくさんのカメラにそっぽを向いたと思えば、Aちゃんは俺の方だけを真っ直ぐ見つめて、小さな掌を此方に伸ばした。
「ナイスシュート。ほら、ハイタッチしよう」
「そんな。俺は、最後にAちゃんのアシストをしただけだよ」
大きな歓声の中では簡単に呑まれてしまいそうな、ぱちん、と小さな音でしかないはずだ。
それなのに手を合わせた音は、俺の中ではまるで落雷のように、びりり、と指先から心臓へと伝わって、何だかこの感覚が離れてくれそうにない。
「正直、もっと孤独な戦いになると思っていたよ。それでも光くんが私を信じて、ゴール前まで来てくれたから」
ボールを蹴る強さと、シュートをポストにぶつける角度。
想像以上に精密な計算がされた上で、Aちゃんの立ち回りに紛れながらゴール前まで走っていた、俺の元までボールが飛んできた。
(……あんな派手な動きしながら、俺のことまでちゃんと見えてたんだ)
だから、その隙を見失ってしまわないように、反射のように足を振り抜いた。
Aちゃんに引き付けられて、右側に飛び込んだゴールキーパーを嘲笑うように、左側の隅を狙って、真っ直ぐと。
「ねぇ。こうなること、全部、分かってたの？」
「充くんは一度シュートを打ったことがあるけれど、光くんはまだなかったでしょ。だから相手の情報にないんだろうな、と思って、最後は君に決めてもらうつもりだったの」
Aちゃんはいつだって当たり前のように、兄ちゃんと俺を違う人間として、それでも二人が一緒にいることを、優しく確かめるように見ていてくれる。
その当たり前が、俺には何よりも嬉しい。
チームの中で、少しずつ兄ちゃんの記憶はかつての悪者として消えていくのだろう。
(俺だけじゃない、Aちゃんが覚えていてくれるから、兄ちゃんはもう、いなくなったりしない……)
「でも、悪くないでしょ。自分のゴールで歓声が起こる感覚は」
まだ止みそうにない歓声に向けて、俺も手を振った。
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2021年9月10日 19時
