episode312 Side Y ページ21
ブルーミング・クルィーロ。
花の両羽が優しく空に広がる。
それと同時に、自陣のゴール＿＿フィールドの真反対にいる以上どう頑張っても、手も足も届かないというのに、僕は“しまった”、と口にしてしまった。
「その技の弱点は、対策済みだ」
中国代表の誰かが、それを皮切りに、誰もがそう笑った。
今はトラップ技へと移行させてある、ハイドレンジア・ノクターン。
そして今放った、ブルーミング・クルィーロ。
Aの持つシュート技はこのふたつ。
ゴール前で、Aは嫌でもどちらかを使わなくちゃならなかったことも分かる。
だけど、それは既にこの大会の過去の試合で使われている。つまり、向こう側に知られている手だ。
ここに来て、弾かれてしまったら。
この策はもう二度と通用しなくなる。
(お願い、今からでも気付いて、……A)
＿＿思うだけじゃ、願うだけじゃ、伝わらない。
そんなの痛いくらい実感させられたところじゃないか。
Aの爪先から溢れた花弁が、不規則な揺れをボールに伝えて、ゴールへと向かっていく。
不規則な軌道を描くシュート。それが、ブルーミング・クルィーロの唯一無二の強み。
初見なら、まるで煙に巻かれたよう。舞い散る花弁を掌で捕まえようとすればするほど、術中に嵌る。
だから、初動のうちに捕まえてしまえばいい。
そのシュートの初動は必ず、ゴールの隅に向かう。
此処からゴールキーパーの顔は見えない。
ただ、その弱点の対処法をなぞるように、ゴールの隅へと手を伸ばす姿が見えた。
悔しいくらい、研究されている。
(……そんな…)
せっかくAが、一糸のような隙を突いて捉えたチャンスなのに。
僕の前を歩いていってしまう彼女が、怖くなくなったばかりなのに……。
「野坂さん、目を離さないでください。あいつから！」
思わず目を背けた僕に、西蔭は声を張る。
ガキンッ、と想定にない音が聞こえたのは、その直後。
ゴールの隅を狙い過ぎたせいだろうか。
花嵐をまとったシュートはポストに嫌われて、大きくゴールの外側に跳ね返ってしまった。
そして、ちょうど跳ね返ったボールの正面に滑り込んだ＿＿一星君。
真っ暗になっていた僕の視界が、ぐるん、と色付く。
(……まさか、最初から
ゴール隅に気を取られたゴールキーパー、その真反対の隅を狙って、一星君は真っ直ぐ、シュートを放つ。
揺らされたゴールネット。
そして、全て計画通り、と笑うA。
「一丁、あがり」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 357人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：三峰 契 | 作成日時：2021年9月10日 19時
