episode294 Side Y ページ3
「もう少しだけ、話をさせて。一星君のこと」
一星君の名前を出すと、無視できないだろう、って。
そういう気持ちもあったけど、一星君を追いかけるように、ふらふらと僕から離れていこうとするAを呼び止める為に、そう声を掛けた。
「……ねぇ。あの子を利用するにしても、もう少し隠そうという気はないの」
もう怒る気も失せた、というように、それはどこまでも透明な感情で。無関心よりもずっと冷たい笑みで、視線すらも此方に向けてはくれなくて。
「試合の時、言ったよね。本当の一星君は、充君じゃなくて光君だって。君はあの時点で、既に確信を持っていた」
癖混じりの髪、緩やかな弧を描く一筋一筋がまるで、星の軌道のよう。
その幾筋が柔らかくかかる肩や腕、そして背中は、華奢ながらも毅然とした態度を示している。
「理由のひとつとして、君は人格の脆さを指摘した。だけど、決定打は教えてくれなかったんだよ。ただの感情論、これで納得させられる自信がない、って。……でも、もうそろそろ教えてくれてもいいんじゃないの。君の推測は、当たっていたんだから」
依然として振り向いてくれない彼女の髪を一房掬い上げれば、視界の外のことには弱いらしい＿＿肩がぴくり、と僅かに跳ねた。
それでも、僕に見せているのは背中だけ。
顔も見せてくれないまま、重たくて持ちきれなくなった感情を、ぽん、と床に落としてしまうように。
「充くんの方が、子どもっぽかった、から」
そうとだけ、告げる。
「……え、それだけ？」
「死んだら、それまでなんだよ。そのひとって」
どんな表情をしているか、此方からは見えない。でもその声から想像すれば、……今のAは何故か、笑っているような気がした。酷く、自嘲的に。
それはAが此処で泣き出すよりも悲しいことだと、嫌でも鮮烈に押し付けられる。
「光くんが充くんの死を受け入れられなくて、そうしたように。……もし、だよ。もし悠馬が、由羽真くんを演じるとしたら、どんな風に演じていただろうね」
「……そう、だね。誰にでも優しくて、だけど……何かを守る為には己にも影を落とす。そんな人を、演じたと思うよ」
(どうして、急に……？)
「そう。でも私なら……少し人見知りだけれど、いつだって誰かを楽しませてくれるような悪戯心を忘れない、無邪気な少年を演じた」
死んだら、それまで。
……この言葉の意味は、分かる？
掴みどころなく、曖昧に問うたAが、ようやく僕の方を振り向いた。
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2021年9月10日 19時
