303 サイレント・サイン Side S ページ12
＿＿“あのひとに迷惑を掛けるな、って、言わないの？”
躊躇いがちに、Aはそう聞いた。
今まで主である野坂さんを大事にするあまり、同じく傍にいたはずのAを等しく扱えなかったこと。
それにはもうとっくに気付いていたし、俺自身も少しずつAとも向き合っているつもりだ。
そうしてきた方が意識を変えようと、今までそうされてきた方の意識は簡単には変わらないのかもしれない。
不服そうなAに薄手のブランケットを掛けながら、少しでも早くその目を閉じてくれるようにと、安心させるつもりで、そっと頭を撫でる。
「言わない。野坂さん程の人が、あんたの仕事を代わりに引き受けるくらいで迷惑だとも思わないだろうし」
フィールドを降りればただの子どもみたいだから、子守りをしなくちゃいけない。常に、見張っていないといけない。
その言葉通り、傍にいることに安心してしまって、そこで止まっていたのだ。
「……あんたが倒れたら、俺はまた自分の無力さを悔やむことになる。もう、俺を悲しませないでくれ、A」
軽く震えの残る目を一瞬だけぱちりと見開いたあと、Aはまた悪戯に、くくっ、と笑う。
くるりと寝返りを打ってうつ伏せになり、柔らかいベッドに頬杖をついて、楽しそうに爪先を揺らした。
緊張の引かなかったAの表情に、いつも通りの余裕が覗いたことから、ひっそりと心の内で安心をしていた。
「西蔭さんにしては、なかなかの殺し文句ですね。結構、どきっとしました」
言われる通りに自らの言葉を反芻して、少し直球に言い過ぎたか＿＿と今更気付く。
Aはいつだって遊ぶように言葉を扱うというのに、俺はそれに翻弄されるばかり。
「別に……包み隠さず、本音を言っただけだ。分かったな、今日は休め」
「はい、分かりました。でも、どうしよう。まだ、あまり眠たくないし」
態とらしく考える素振り。
今度はどんなわがままを言い出すんだろうか。
警戒が半分。もう半分は、聞いてやらないと、という気持ち。
「それに、私も今の西蔭さんが心配です。このままじゃよく眠れないかもしれないな。……そういえばさっき、言ってくれましたよね。私が寝付くまで見張ってる、って」
目を細めても、なかなか閉じてはくれない。
そんなAの笑みを見ながら、ああ、先程までとは違う、随分と生き生きとした顔だ、と頭を抱えた。
「約束は守ってくれますよね。私がぐっすりと眠れるように、お話に付き合ってください。西蔭さん」
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2021年9月10日 19時
