302 サイレント・サイ ページ11
西蔭さんはどうやら、随分気を遣って私を運んでいるらしい。
抱き上げられたせいで視界がいつもより高いものの、歩く速度が普段の私と合わせられているお陰か、すぐに目が慣れた。
何のつもり、と聞いてみたものの、何も答えてくれない。
そんなこんなで、あっという間に部屋まで連れて来られて、私の足は地面に付けられることもなく、そのままベッドに降ろされる。
「どうせ俺が目を離したら、すぐに部屋を出るつもりなんだろ」
「……はは、よく分かりましたね。流石、西蔭さん」
ちらり、と視線を、ミハイルの方に遣る。
普段は私以外を追い払ってくれる彼は、こういう時に限ってすやすやと夢の中。
西蔭さんはベッドに腰掛けた私を見下ろして、“覚悟しろ”、と言わんばかりのちょっと険しい顔で、長居も辞さないのだろう、部屋に置いておいた来客用の折り畳みのチェアをベッドの横で広げた。
「……あんたが確かに寝付くまで、見張ってやる」
(……この調子じゃ、ミハイルが起きていたって、変わらなかったかな)
とは言え、ここで頷いて素直に眠れる訳がない。
オリオン財団に関わりがないとしても、それならスパイ行為を働いた理由は何？ただ、自国のチームを勝たせる為？それなら、どうしてFFの時点から日本に？
ギシギシ、思考回路が鈍く軋む。
不可解な負荷。分からないことが多すぎる。
「監督に疑わしい点が浮上しました。それを、少しでも早く問い詰めなくちゃならない」
相も変わらず、返事はない。
返事がなくちゃ、言い包めることも出来ない。西蔭さんも多分、それを見越して黙っているんだと思う。
だから怒らせる覚悟で、またあいつの名前に頼ることになってしまう。
「悠馬を、呼んでください。あいつの口から、1から説明させる。そうすれば、貴方も納得してくれるでしょ」
「それなら、監督の件からは野坂さんに頼めばいい。何も動くのは、あんた1人じゃなくちゃならない理由はない」
……ようやく話してくれた。ようやく、言い返す隙が出来た。
それなのに言い包めるだとか、そんな考えどころではなくなってしまった。
野坂さんに頼めばいい。
西蔭さんの口から出た言葉はつまり、“野坂悠馬に仕事を代わらせろ”、ということだ。あれだけ悠馬の手を煩わせることを嫌っていた、西蔭さんが。
「……代われるなら、俺が代わってやれれば良かったが。俺はあんたほど、頭も口も回らないから」
「……あのひとに迷惑を掛けるな、って、言わないの？」
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2021年9月10日 19時
