episode292 Side Y ページ1
ぼんやりと画面を見つめるAの横顔は、少しずつ強ばっていくように見えた。
試合映像から目を離さないまま、トト、と十の指をタブレットの液晶に滑らせていく。
僕との連絡手段、そして試合の整理。そんな目的で持たせてあげたタブレットを、Aはこの期間で見事に使いこなしている。
「Aちゃん、……さっき気になるって言ってたこと、これで分かりそう？」
瞬き、呼吸さえ疎かになるくらいに集中していたAの隣にそっと腰掛けながら、一星君がタブレットの画面を覗き込む。
それに気付いて、自身の気が張り詰めていたAが、ふう、と詰めた息を吐き出しながら、緩く伸びをした。
「うん、ありがとう。助かったよ」
「力になれて、良かった」
ジャージのポケットの中からいくつもの飴を取り出して、そのうち青色の包みを一星君に渡した。小さな泡の絵が見えたから、多分、サイダー味。
それを羨ましそうに見ていたのが、気付かれたらしい。
Aに人差し指で軽く招かれたから、素直にそちらに行けば、僕にも同じ青色の飴をくれた。
「で、Aは何が分かったの？」
ポケットの中身のうち、ひとつだけ一回り程大きなロリポップの包みを剥がして、名前を出すのも憂鬱だ、といった表情で、Aは爪先を揺らす。
「……中国代表に、間違いなくうちの監督が絡んでいる」
タブレットで丁寧にまとめられたデータ。
指を差して示す先を見つめながら、監督の指示や、Aの報告を思い返す。
本当だ、戦術の根本が似てる。
しかも、それを気付かれないように態と隠してる。
「嫌味なことに、今までの監督からの指示と、映像から見て取れる中国代表の作戦。これを重ねると」
＿＿隙のない、ひとつの完全なる戦術が完成する。
言葉にするまでもない。
不機嫌そうな人差し指が、液晶を軽く弾く。
「……信じられない。やっていられないよ」
吐き捨てるように呟き、Aがベッドに放り投げたタブレットを手に取って、夥しいデータ量を今度は僕の頭の中に叩き込み始める。
あえて作戦の中に、それぞれ別の欠陥を仕込むことで、まるで全く違う特性を持つ作戦だと錯覚させる。根本は、同じなのに。
「じゃあ今まで、ずっと手を抜いていたんだ。あの監督」
「……そんな、一体何の為に？」
裏を返せば、そうなってしまう。
戸惑う一星君が、縋るように目をやった先のAは、怒りも愉悦もどろりと混じった笑みで。
それはもう、直接問い詰めるしかないね。って。
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2021年9月10日 19時
