episode207 ページ14
「ほら、今日おうち出る時に、傘持っていこうよって言ったのに！」
雨音の中でもはっきりと聞こえたのは、子供特有のキンとした声。
喧騒の主は、病院の表口の軒下で困り果てた小さなふたり。
(……傘、持っていないのかな)
男の子の方は小学生低学年くらい、女の子の方は幼稚園児くらい。
手作りっぽい、お揃いのミサンガをそれぞれ右手首につけていた。
幼いやり取りは、少しずつヒートアップしていく。
女の子の方がぼろぼろと泣き出して、それにつられて男の子の方もゆっくりと大きな瞳に涙を溜めて。
「だって、夕方からってテレビで言ってたじゃん！こんな早く雨になるなんて」
「どうするの、アニメ間に合わないよ、お兄ちゃんのばか！」
＿＿そんな悲しそうな子達を横目に、素知らぬ振りで傘を差して帰ることもできない。
「どうしたの、傘、忘れちゃった？」
小さな姿を私の影が覆うのが薄く見えて、服の裾が濡れないように軽く押さえながら屈んで、背丈を合わせる。
大粒の雨に溶け込ませて降らせていた涙をごしごしと拭いながら、私を見上げたその瞳は、晴れた空によく似た水色だった。
涙の跡を残しながらも、もう一度瞳が瞬けば、次に浮かんだのは驚きと、とても可愛らしい笑み。
「え、……わぁっ、Aちゃんだ！」
(……ん。A、“ちゃん”？)
「見て、お兄ちゃん！イナズマジャパンのAちゃんだよ！」
「Aちゃん、じゃなくて……A、さんは、ちゃんとA選手って呼ばないと……！テレビで観てる時じゃないんだからっ」
男の子が慌てて訂正するものの、こんな短時間でたくさん隙が見えてしまった。
“ちゃん”でも“選手”でも、どちらにせよ呼ぶのは苗字ではなく、下の名前らしい。
私としては下の名前で呼ばれる方が好きだけれど、こんな小さな子にもAちゃん、と呼ばれているのかと思うと、くすぐったい。
「いつも通りでいいよ」
そう笑いかけながら、鞄の中から折り畳み傘を取り出して、ふたりに差し出した。
「はい、これ。折り畳み傘、1本しかないんだけれど。これでおうちまでふたり仲良く、もう喧嘩せずに帰れるかな。観たいアニメの時間までには間に合いそう？」
「……いいの？でもこの傘、おれたちがもらっちゃったら、Aちゃんはどうやって帰るの」
無邪気な表情の中、一瞬だけ見えた戸惑いを押さえるように、屋根の下で開いた傘の中にふたりを誘う。
「ありがとう、でも私は大丈夫だから。気を付けて帰るんだよ」
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三峰 契(プロフ) - かなりさん» コメントありがとうございます！のんびり更新ですが、これからも頑張ります！ (2020年10月9日 14時) (
レス) id: be32126b2e (このIDを非表示/違反報告)
かなり - これからも体に気をつけて頑張って下さい！ずっと応援しています！！ (2020年10月4日 19時) (レス) id: 517f37b5b5 (このIDを非表示/違反報告)
かなり - 続編おめでとうございます！私は、この小説が大好きでとてもドキドキする小説です！！私、野坂君が大好きなのでまだこの小説を続けて欲しいです！！ (2020年10月4日 19時) (レス) id: 517f37b5b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2020年10月1日 12時
