episode65 ページ18
幼い頃、といえる程昔ではない。
かなり痩せ細っていたとは言え、背丈は今とあまり変わらない。そんなたった2年前の傷だらけの私が、目の前で蹲っている。
この夢を見るのは、とても久しぶりだった。
「ごめんなさい」
謝ったって、どうにもならない。
なのにそれさえ分からず、がらがらの声がうわ言のように謝罪を続けている。
そんなの見たくない、目を逸らしたい。
なのにその記憶は、瞼や脳の裏まで根深く張り付いていた。
自分ではない名前を呼ぶ怒鳴り声から逃れたくて、聴覚を殺した。
染み付いた血の匂いと味から逃れたくて、嗅覚と味覚を殺した。
与えられ続けたあらゆる痛みから逃れたくて、皮膚感覚を殺した。
私なりに考えついた、自分を守る術だったんだと思う。
糸が突然ぷつりと切れるのではなく、ゆっくりと解けていくようにそれらの感覚が失われていくことに、恐怖を覚えながらも僅かに安心していた。
早く手放してしまわないと、きっと精神の摩耗を更に早めていくだけだっただろうから。
そんな綺麗な思い出が汚されていくその中で、あのひとがサッカーをする姿だけはどうしても嫌いになれなくて。
また、前みたいな笑顔が見たい。
そんな形にも残らない記憶と叶いもしない願いに縋り付いたことで、私の視覚は失われることもなく守られた。
それと引き換えに、恨み一色のあの目が注ぐ悪意から逃れる術を失くした訳だし、遠くない未来ではその目を利用されて”アテナの羅針盤”だなんてふざけた実験に巻き込まれる訳だ。
(馬鹿だ)
それでも薄れた感覚の代わりに、唯一残ったが故に鋭く研ぎ澄まされた視覚だけが、暗がりの中ひとりきりだった私の意識と自我を繋ぎ留めていてくれた。
私をサッカーと出逢わせてくれた。
そして、私の目を狂わせてしまった。
その男は、花綺更
憎くて仕方ないはずなのに、サッカーそのものを憎めなかったのは、私に流れたあのひとの血だったのかな。
＿＿そんなこと思い返したって、仕方ないのに。
「助けて」
助けられない、誰も。
どう頑張ったって、その時は助からなかった。
「助けて、
涙も枯れ果てた掠れ声が紡いだ名前。
……ああ、本当に馬鹿みたい。
一層あのひとの心を乱してしまうことは分かっていたのに、それでも彼に助けを求めずにはいられなかったんだ。
(諦めてよ。もう、”由羽真くん”はどこにもいないのに)
早く終わって、こんな夢。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 218人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「原作沿い」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
三峰 契(プロフ) - かなりさん» はじめまして、コメントありがとうございます！のんびりですがこれからも更新頑張りますので、よろしくお願いします！ (2020年3月10日 21時) (
レス) id: be32126b2e (このIDを非表示/違反報告)
かなり - 続きが気になり過ぎて待ちどうしいです。これからも頑張ってください。 (2020年3月10日 15時) (レス) id: b69d3c39c6 (このIDを非表示/違反報告)
鈴蘭〜すずらん〜(プロフ) - 始めまして。麗乙女のゆううつのパスワードを教えてもらいたいです！ (2020年2月3日 16時) (レス) id: b5347077cc (このIDを非表示/違反報告)
契(プロフ) - 匿名さん» 初めまして。展開は決まっているのですが、野坂さんと花綺更ちゃん、頭脳派という設定の 2名のやりとりをどのようにまとめるかで長く手こずってしまい…！なので体調は万全です！ご心配お掛けして申し訳ありません。これからも楽しんで頂ける作品を目指して頑張ります！ (2019年12月10日 0時) (レス) id: be32126b2e (このIDを非表示/違反報告)
匿名 - 初めまして。以前から楽しく拝見させていただいております。しばらく更新が無かったので体調を崩されているのかと心配しておりました…。花綺更さんと野坂さんの今後をハラハラかつワクワクと今後も楽しみにしております…！ (2019年12月8日 5時) (レス) id: dfef9e7ff2 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：三峰 契 | 作成日時：2019年10月6日 8時
