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それから、彼女がAという名前であること、97年生まれでひとつ年下であること、もう少ししたら俺の通ってる高校に入学すること、日本とのハーフであることを知った。ああ、本名は違うらしいけど、こっちの方が呼ばれ慣れているのでと教えてくれなかった。
年齢の割に随分と大人っぽいが、声は少し高い。
慣れない人と話をするのは正直苦手だけど、なんとなく俺と似た雰囲気で落ち着いていて、変に女の子ぶる感じがないから話しやすかった。
本人は大の人見知りらしいけど、それでも頑張って話してくれている。
「いつも1人でこんな時間まで練習してるの?」
そろそろ宿舎も見えてきた頃、そう聞くと彼女はそれまでと変わってとても話し辛そうにした。もしかして、聞いてはいけない話だっただろうか。
「……月末評価が、酷くて。退所の勧告が出るかもしれないんです。」
何かしてないと怖くて。
そう言った彼女の肩は震えていた。
聞けば、体調が悪く、その上家族の方で色々あったらしい。そういうことを言い訳にしてはいけない世界を目指しているのは2人とも同じだ。仕方ないとわかっていても、その悔しさと虚しさは理解できるものだった。
こんな風に一生懸命に頑張っている彼女を知ってしまったら、何とかして元気付けたいと思った。
考えてみたものの、結局正解が何かはわからないままだった。長いこと練習生をしていると言っていた。慰めの言葉なんか、とうに聞き飽きているはずだ。
絞り出した言葉は悲しいくらいに薄っぺらい。
「君は、きっと大丈夫だ」
「……そうでしょうか」
「何も根拠はないし、ただの勘だからイライラさせたらごめん。でも、いつか同じステージに立てたらいいなと思うよ」
こんなふうに言って彼女を傷つけてしまわないだろうかと不安になったものの、しばらくして顔を上げた彼女は少しだけ微笑んだ。
「……私も、アイドルになってオッパと同じステージに立ちたいです。だから、できるところまで頑張ってみます」
それから、宿舎の入り口で彼女とは別れた。
月は無機質な光をいつまでも降らせていた。
それから数週間後、彼女は俺たちのプロジェクトに参加することになる。
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作者名:cham | 作成日時:2022年8月21日 3時