051:月 CM ページ2
多分 僕は、
一番言ってはいけない事を言ってしまった。
今更後悔したところで
もう訂正はできない。
冷え切ったステーキを頬張っても
何の味もしなかった。
この旅に期待などしていないはずだったのに
僕はきっと 自分の想像以上に
この旅に期待していたのだ。
「夏だったら湖で遊べたのにね」
「…うん」
「残念だなぁ」
「…うん」
僕が僕に絶望している間
Aは普通に笑って
他愛もない話を続けた。
他でもない 僕のために。
「明日は、別行動にしましょう」
「え?」
「僕は行きたいところがあるので」
「私は行っちゃいけないの?」
「AはAが行きたい場所へ行くべきです」
「…分かった」
記憶を塗り替えたいと思っていたはずなのに。
記憶に一番拘っているのは僕の方だった。
「帰りましょう」
「うん」
帰り道 少し距離を開けて
Aは僕の後ろを歩いた。
手を繋ぐ勇気すら持てない
情けない僕は
まるで 一度Aを失ったあの頃の
臆病な僕に逆戻りしたみたいだ。
「夜になる前の空のグラデーションみたいな人」
「え」
「さっきそう言った」
「…ああ…うん」
「どういう意味ですか?」
「会話を思い出した気がしたの」
「誰と会話した記憶ですか?」
「分からない…女の人」
「…そうですか」
ホテルに戻ると
さっきクロークに預けた荷物がきちんと並べられていた。
「僕はリビングのソファーで寝ます」
「…ツインなのに?」
「一緒の部屋は気まずいでしょ」
「…」
「だから遠慮せずに…」
「じゃ、どうして2部屋予約しなかったの?」
「それは…」
「…ごめんなさい」
引き留める間もなく
Aは部屋を出て行った。
きっと今は 僕の顔を見たくないのだろう。
そう思うと
敢えて追いかける事もできなかった。
「…こんなはずじゃなかったのに」
じゃ、どんな僕を期待してた?
「こんなはずじゃ…なかったのになぁ」
答えが見つからないまま
ただ ぽっかりと浮かんだ月を眺めていた。
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作成日時:2017年11月6日 23時