All of me. (ページ4)

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003:何も思い出せない。ページ4

「A、起きろ」
「………あ…朝だ…」
「だいたい何で毎朝俺が起こすわけ」
「ｷﾐが…早起きだから？」
「だから日本語あんまりわかんないってば」

目が覚める直前

いつも同じ声を聴く。

ーA

私の名前を呼ぶ優しい声。

その声を聴くとなぜか安心するから

きっと私の脳はその声を覚えているのだと思う。

思い出せなのは

ただ引き出しが開かなくなっているだけなのだろう。

あの日

目を開くと薄暗い階段の踊り場にいた。

頭がｽﾞｷｽﾞｷと痛んで

咄嗟に引き寄せたﾊﾞｯｸﾞ

それが自分のものだという確信はなかった。

そして

私はそこに一人でいるわけじゃなかったのだ。

私を心配そうに見下ろしていたのは

背の高い彼だった。

ーあんた、大丈夫？
もしかして階段から転げ落ちた？
ｹｶﾞはしてないみたいだけど、痛いところない？
あれ…？ちょ…俺と飛行機同じじゃん…
あっ!!そうだった間に合わねー!!

彼は私のﾊﾞｯｸﾞを手に

私の手首を掴んで歩き出した。

歩く度に少しだけ頭がｽﾞｷｽﾞｷ痛む。

飛行機の中

とうとう離陸という時間になっても

隣は空席のままだった。

そっとﾊﾟｽﾎﾟｰﾄを開いて

自分の名前が記されているﾍﾟｰｼﾞを見る。

思い出せなかったのは

名前だけじゃなかった。

「あ、これ…今月分の家賃」
「いらない」
「ﾀﾞﾒ。ﾙｰﾑｼｪｱみたいなもんだし」
「元々親の家で使ってなかったし」
「そういう問題じゃ」
「…少しは思い出したか？」

韓国の空港に降り立った時

さっきの彼がじっと私を見てた。

もしかしたら

私に相当の違和感を感じたのかもしれない。

だから素直に事情を説明した。

-何も思い出せない、と。

彼は心底驚いて

そしてすぐに私を病院へ連れて行ってくれた。

検査の結果特に重篤な状態ではないと診断された。

記憶は一時的なものである可能性が高く

自然と思い出す時がくるかもしれないと言われたけど

思い出せない今も

思い出せるかもしれない未来も

何だか自分のものとは程遠い気がした。

-おばさん…大変な事になったな。

ｼﾞｭﾈと名乗った彼は

記憶を失くした私を見て

大きなため息をついて

そして

困った顔で笑った。

-きっと彼氏、ｱﾝﾀの事探してるぞ。

ふいに鎖骨の真ん中

そのﾈｯｸﾚｽに触れた時

『僕はずっとAと一緒にいる』

またあの声が聴こえた気がした。