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『もう全部嫌。雅火も篤樹も全部捨てて、誰も私を知ってる人がいないくらい遠くに行って、そうして死にたいって何回も思った。でも、夢の中でお父さん達がそれを責めるの。雅火だけ残して死ぬなんて許さないって』
彼女は、夢だってことは分かってる、と続けた。
『そんなこと言う人たちじゃなかったのは知ってる。でも、雅火は呪術師じゃないから、私が守らないと、桜灰に殺されてしまう……そうしたら私は、もう誰にも許されない、から……』
我に返ったように話を途切れさせて彼女はごめん、と謝った。それはまるで何かに縛られているような、呪縛とでも言えそうな、彼女の痛みだった。どんな時でも彼女を苛み、縛り、痛め付け、そして壊していく。それを和らげることが、一体誰に出来るだろうか。
『……ごめん、なんか、疲れてるのかな私、あの、このこと誰にも言わないで。篤樹達には特に、話したことないし……』
無理矢理に笑顔を浮かべ、彼女はそう言った。やはりそれは呪縛なのだ。
夏油はそれを了承した。断れるはずがなかった。喘鳴にもよく似た彼女の言葉は、聞くものをも縛り付ける。涙を流すように言葉を紡ぎ、心を閉ざすように目を閉ざす。傷が消えたはずの彼女の姿は傷があった時と変わらないくらいに痛ましい。
『……雅火、何も覚えてないらしいんだ。お父さん達が死んだ時のショックで、私を含む家族全員の記憶を失くしたって、そう聞いた。だから会っても私のことを分からないし、呪いとかそういうのも私みたいに見えたりしない』
庵里は自分に言い聞かせるようにも聞こえる話し方でそう言った。言葉は続く。
『でも、雅火が生きててくれるなら、私が呪霊を祓ったら、桜灰を殺したら、そしたら雅火が安心して生きられるなら、たとえ私のことを覚えてなくてもそれでいいよね。生きていてくれれば、いつかまた、姉妹じゃなくても、友達としてでも話せるようになる日がくるかもしれないもんね』
そんな日は来ないと分かっているのだろう。分かっていても、そう思わなければ自分が生きていられない、そんな風な表情をしていた。
それから二人で他愛もない話をして、気付けば夕方。言動の刺々しさは抜けないが、交流会の始めに比べれば庵里はよく話すようになった。
重たく彼女を縛り、潰さんとしていたものを少しだけ話してしまえたことが助けとなったのだろう。そろそろ帰ると言った彼に庵里はありがとう、と呟いた。
その声が届いたかどうかはわからない。
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作者名:籠目 | 作成日時:2021年2月8日 23時