咲いた黒と黒 (ページ40)

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もしものお話② ページ40

一人の女性が自宅の窓際で本を読んでいる。近くの棚には多くの人形が並び、その横には彼女らが並んで写っている写真も置いてある。ばたばたと慌ただしく廊下を走ってくる足音に、彼女は本から目線を上げる。それと同時に室内に入ってくる庵里。

「いらっしゃい、庵里。今日はどうしたの？」
『あの、あのね、今度傑と出かけることになったんだけど、何着ていったらいいと思う！？全然分かんなくて、助けて桜灰！』

随分と慌てた様子の庵里に桜灰は笑いながら本を閉じた。ぱたん、と軽い音がして、それを机の上に置いた彼女は庵里に近付いた。

「落ち着いて。あなた毎回同じように駆け込んでくるのね。この前次からは自分で決めるって言ってなかったかしら？」
『だって今回硝子とかいないんだよ！二人きり！』

恋する少女は難儀だと桜灰は一人思う。呪霊を祓うときには何の迷いもない庵里がたった一人の男のために目を回して右往左往している姿は見ていて非常に飽きることがない。そして桜灰を頼ってくることも素直に嬉しい。個人的には彼女を自分の好きに飾り立てられるこの時間は趣味のようになりつつある。

「二人きりなんて珍しいわね。何かあるの？」

そういえばもうすぐ庵里の誕生日だったか。以前夏油に庵里の誕生日を聞かれたことがあるのをふと思い出した。きっとそれだろう。

『別に何もないよ。多分……』

庵里は自分の誕生日を忘れていた。
任務漬けの日々で時間感覚が狂ったのだろうか。それともただ単に忘れているのだろうか。どちらにしても夏油には可哀想なことである。そして自分の誕生日を忘れるということは雅火の誕生日をも忘れているということだがそれもそれでどうなのだろう。雅火は最近来る度に庵里への誕生日プレゼントをどうしようかと悩んでいるのだが、庵里が悩むどころか忘れているとは思わなかった。

「……えっと、本当に何もないの？」
『何かあったっけ？』

ここまでくると笑えてくる。いっそのこと夏油にこれを伝えてみるのも面白いかもしれない。一体庵里はどんな反応になるのだろう。一度そんな風に考えてしまうともうそれしか考えられない。面白いからこのまま黙っていよう。そして夏油に伝えておこう。その考えを顔にも態度にも出さず桜灰は言う。

「まあ何もなくても二人きりなら楽しんで来なさいな。服はちゃんと選んであげるから」
『うん……。ねえ二人きりって緊張しかしないんだけど……』

流石に早すぎるのではないだろうか。