咲いた黒と黒 (ページ24)

今日:3 hit、昨日:1 hit、合計:2,759 hit

■ ページ24

心臓が一つドクンと嫌な音を立てた。写真を裏返すとそこには桜灰の文字で一言、一人でお家に帰ってきなさい、と。

まだ他の四人は気付いていない。一人で、と限定されているところを見ると、他の人をつれていけば雅火が危険だ。お家、きっと両親が死んだあの家のことだろう。今は誰が住んでいるのだろうか。ここに呼び出した桜灰か、それとも全く別の誰かか。どちらでもいい話だった。

行きたくないと叫び出せたら楽になるだろうか。彼らの前で、恥も何も気にせずにただ思うことを口に出来たら、きっとこんな息苦しさは消えるだろう。また、水の中にいるような、そんな苦しく辛い、弱い心。口から外へ出ようとするその言葉を昨日のように、昨日とは全く逆に飲み込む。
大丈夫、まだ彼らは気付いていない。

出来るだけ自然に、荷物を持って自室へ戻る。人形は万が一にも動かせないように髪紐で手足を結んだ。髪紐しか長いものがなかったのだ。せっかく結んでいた髪が、さらりと床に流れた。息を吸い込んで、それを全て吐く。声のない叫びにもよく似たそれは部屋の外に届くこともなく、透明な空気に溶けて消えた。

仕込めるところには仕込めるだけ糸を仕込む。糸はすべて木製の糸巻きに繋がっているからかなりかさばる。誰かにバレるしまうだろうか。糸巻きの内部には操るための呪符もたくさんある。呪力で怪しまれるかもしれない。糸巻きがぶつかるからからという音でもバレるかもしれない。髪を結んでいないのを怪しまれるかもしれない。せめて髪紐はもう一本持っておくべきだったな、と少し後悔しながら庵里はまた部屋を出た。

結ばれない長い黒髪は腰より少し下くらいまであるだろうか。歩く度にさらさらと揺れるそれは彼女の内心に反して軽やかだった。黒いその目はいつもより僅かに濁るような暗さを宿し。黒い制服はまるで喪服だ。

「庵里？お前どこ行くんだよ」
『……ちょっと、出かける。任務は後でちゃんと行くから見逃して』
「は？お前今日は……」
『ごめん、急いでるから。……凪先生、今日は一日高専の外にいます。何かあっても携帯は使えないので探してください』
「庵里？……髪紐は？」
『髪紐は千切れました』

後ろでまだ呼び掛ける声が聞こえたが、聞こえないふりをして扉を出る。ここから家までは、普通に行けばどれだけ走っても五十分はかかる。普通に行けば、だ。近くの家塀に飛び乗り、そのまま屋根と塀を伝って真っ直ぐに進む。

一人で走るのが、ひどく心細かった。