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「 ちゃんと、覚えてるよ 」
「 へ？ 」
俯いたままそう呟くと、少しだけ目にかかる前髪をぱっと指で払う。
それに対する腑抜けた私の返事にふ、と息を零した京本くんが、顔を上げてこっちを向いた。
「 下の名前はAでしょ。趣味は読書 」
暇さえあれば本開いてたよね、って自慢気に言い放って、くっと口角を上げる。
それがあまりにも綺麗で、京本くんだけ、世界から浮いるみたいで。
ちゃんと自分に向けられた笑顔を見るのは、これで二度目。
確か、一度目は。
「 あと、トマトが好き 」
「 …うん。京本くんもそうだよね 」
「 そうそう 」
「 英語の授業だったっけ 」
スピーキングの練習とかなんとかでよくやらされる、隣の人と話すヤツ。
内容はあまり覚えてないけどお互いの好物を言い合った時に同じって分かって、初めて私の前で京本くんが笑った。
その時の衝撃は、昨日のことのように思い出せる。
「 …花村さんこそ 」
「 ん？ 」
「 や、覚えてるの俺だけじゃなくて良かったなって 」
ふわりと吹いた風に持ち上げられた京本くんの前髪。さっきよりもよく見える整った顔、優しい色をした瞳。
…きゅんと、胸が高鳴ったのは、今ので三度目だ。
「 …そりゃ覚えてるよ、記憶力良い方だし 」
「 そっか 」
なんて、嘘。京本くんだから、全部覚えてる。
そんなこと絶対、言わないけど。
「 とりあえず、 」
「 うん？ 」
「 …俺がこうやって恋占いしてた事、内緒でお願いします 」
…あぁ、そうだった。
会話を交わした、今のたった数分の間に抜け落ちていた。
京本くんが、誰かに恋をしていること。
「 もちろん。誰にも言わないよ 」
「 ん、ありがと 」
ぶわっと、心の中に湧き出てくる、胸の奥が冷えるような切なさ。
違う、私は別に、そういうんじゃない。
花占いが本当に当たってしまえばいいのに、なんて思う資格、どこにもないでしょ。
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作者名：朔×紺
x他1人 | 作成日時：2021年9月18日 9時
