Wild Side Ⅱ【BEASTARS】 (ページ8)

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Story 55　種間関係篇ページ8

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「だーから爪が肩に当たったんだよ！！」

「うるっせえ！！」

　早朝の満員電車で肉食獣の背に寄りかかってウトウトしていたAは突然の怒声に一気に目が覚めた。
サラリーマンと思われる二匹の大型肉食獣が牙を剥いている。朝から元気だなとAは他人事のように彼らの様子を眺めていた。

　――あれ？

　彼らは気づいていないようだが、二匹の近くに一匹の草食獣が見える。メリノ種ヒツジの可愛らしい女性だった。

　二つ隣の車両は草食専用で、そこではこんな喧嘩は起きたことがない。Aも以前まではその車両で通学していた。まだ自分を普通のウサギだと思い込んでた頃は。

　まさか他に雑種車両を使う物好きな草食が居たとは、とAは笑う。だが、彼女を見ているうちにある感情が芽生えてくるのが分かった。それは殺意。

　――何故？

　嫌っているわけではない。ただ、柔らかそうな羊毛に包まれた首を絞めてみたいと思った。これは危険だとAはヒツジから目を逸らす。

「君、変わった匂いがするね」

　つかの間Aはそれが自分に向けられた言葉だと気づかなかった。隣を見ると猫の男性が見下ろしていた。

「ウサギ、だよね？なんか親近感湧くっていうか……あ、変なこと言ってごめん」

「いえ……」

　ちなみに肉食獣の前で自分の頬を三回叩くと『私を食べていいですよ』というサインになるため、Aはこの車両で下手に頬に触れないように気をつけていた。だから――

「！？」

　ヒツジの女性が目の前に立つ大型肉食獣に向けてそのサインをしたのを見た途端、Aは思考停止した。私を食べて(・・・・・)。

「待って！！」

　――だめだ。だめだだめだだめだ。早まるな。

　Aは肉食獣を押し退けて二匹のところに向かう。彼女は死にたがっているのだから大きなお世話かもしれない。それでも……！

　だが、Aが声を出す前に誰かの手が悲惨な未来を止めた。電車のドアが開いた直後、ヒツジの顔を包めるくらいに大きく鋭い爪の生えたオオカミの手が彼女をホームへと力強く押したのだ。

「し、失礼ですよあなた！それに、この車両は危険だから使わないほうが……って、しまった！」

　俺ここで降りるんだった！とドアが閉まってから気づいたオオカミに呆然としながらAは彼の名前を口にする。

「レゴシ、くん？」

「A……！？なんでこの車両に……」

　……今日は案外、良い一日になるかもしれない。