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「……ごめん、」
きっとこれは、正しくない言葉だと思う。
音にして気付いた。
それでも、情けないくらいに声が震えてしまっても、彼が柔らかく笑うから、曖昧で、けれど確かにすぐそばに在ったあの頃を一瞬で甦らせてしまう。
「俺思うんだよ」
「…なに?」
「本当は同じだったんだって。あの頃、俺らがずっと、見てた先にあるもの」
受け身なくせに、きっかけはいつだって彼だ。
私も、そう思った、だなんて。
言わなくてもきっと彼なら分かってしまうのだろう。
あの頃、私たちは、彼にはっきりとした夢があったから目指す場所が違うように見えてしまっていただけだった。
けれどその先に見ていたものは、本当は同じだったんだ。
彼と会って、分かった。
「……それで、」
優しく緩んだ瞳が、泣きそうな顔をした私を映した。
本当にそんな顔をしていたんだと、真っ直ぐに見つめて初めて気付く。
「それで、今はどうなの」
「今も、そう思うよ」
「…ほんと、回りくどい」
「Aだって、それわざとでしょ?」
「別に言わせようとなんてしてないよ。言葉が欲しいなんて思ってない」
くく、と笑う彼の思うつぼになる事を、本当は望んでいたのかもしれないという事は、気付かないふりをしておけばいい。
「はい。どうする?」
私たちを繋ぐ確かなものは、こちらへと伸ばされたその綺麗な手だった。
「…もうちょっと強引にもなってみたら」
「俺の性に合わない」
触れた瞬間、グッと引かれた身体はそのまま、彼の匂いに包まれる。
ほっとして、また泣きたくなって、思い切り息を吸った。
胸いっぱいに染み込んだ紫色の香りは、春の匂いがした。
触れた温もりを確かめながら思う。
彼は、ずっとここにいたんだ。
もう一度、さっきよりも深く息を吸って、確かめる。
曖昧だけど、確かに、また春が始まろうとしている。
fin
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バンビ(プロフ) - hs.さん» こちらこそです。hs.様のコメント、何度も読み返しています。いつも嬉しいコメントありがとうございます。完結遅くなってしまいましたが、最後まで読んでくださりありがとうございました。 (5月5日 23時) (レス) id: 1d28bbaf6b (このIDを非表示/違反報告)
hs.(プロフ) - とても面白くて何度も読み返してます。バンビさんの小説の世界観に魅了されてます。 (5月5日 11時) (レス) id: 37efc71d63 (このIDを非表示/違反報告)
バンビ(プロフ) - ふかたつさん» ふかたつ様、コメントありがとうございます。亀更新で申し訳ないのですが…最後までよろしくお願いします。 (2023年3月29日 12時) (レス) id: bb1036ab13 (このIDを非表示/違反報告)
ふかたつ - 初めてのコメント失礼します🙇🏻♀️バンビさんの小説面白くて一気見してしまいました!このお話も大好きです!これからも更新頑張ってください! (2023年3月28日 17時) (レス) @page27 id: 1a90f164f5 (このIDを非表示/違反報告)
バンビ(プロフ) - hs.さん» hs.様、コメントありがとうございます。お久しぶりです。だいぶお待たせいたしました…是非、最後までよろしくお願いします。 (2023年1月17日 21時) (レス) id: 8553dd7f55 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:バンビ | 作成日時:2023年1月13日 21時