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剣城が私の腕を掴んで立たせ、背後に回るよう促す。彼の肩越しに見えた部屋の中には、二人の女性が立っていた。
一人は見知らぬ女性、もう一人は彩花だが、どこか様子がおかしい。
「彩花……？」
名前を呼ぶと、彩花は緩慢な動きでこちらを振り返った。しかしながら真っ赤に腫れた目は虚ろで、頬には涙の痕があり、唇は真っ青だった。いつもの彩花じゃない、と直感が叫ぶ。
「何があったの？」
「A……今、沖内さんが……」
「ええ、まだ途中なの。ちょっとそこで待ってて」
沖内さんと思しき女性は、呆れた様子で吐き捨てた。彩花から聞いていた話と、ずいぶんイメージが違う。彼女は彩花の肩を抱き、「さっさと済ませましょ」と優しげに声をかけた。
彩花は一枚の紙を持っていた。距離があって内容はわからないが、沖内さんはその紙の下の方を指し、「ここよ」と彩花に囁く。
「化けても無駄だ。――磯崎」
「おっと」
剣城が彼女に掴みかかろうとすると、見えない壁のようなものに跳ね返された。
「危ねえじゃん、剣城」
沖内さんは剣城の名を呼んだ。まるで、知り合いみたいに。
みるみるうちに、彼女の姿が変わっていく。一つにまとめた髪はそのままに、女性らしい体格や服装がぼろぼろと崩れ落ちていく。
「邪魔すんなって言っただろ」
沖内さん――いいや、“磯崎”は剣城を鼻で笑うと、彩花の右手を取った。その上に自身の手をかざすと、彩花が苦しげに呻く。
「あぁ……！」
「彩花！？」
彩花の右手から、赤い雫がぽたぽたと落ちる。彼女の人差し指にぱっくりと切り傷ができていた。彩花はそれを、まじまじと見つめている。
「もしかして――」
「あれは契約書だ。契約者の血で書かれたサインをもって成立する」
契約――悪魔との契約。どんな願いも叶えてくれる代わりに、死後その魂は地獄の最下層に連れて行かれてしまう。
「光橋もひどい奴だよなぁ。こんなに健気な子をフっちまうなんて」
心臓がばくばくと音を立て、今にも破裂しそうだった。喉がちぎれそうなくらいに名前を呼んでも、彩花の視線は契約書に釘付けになっている。
「彩花、ダメ！」
「うるせえよ」
磯崎がこちらに向かって手をかざすと、私と剣城は思いきり後ろへ吹き飛ばされた。そのまま二人して廃材の中へ突っ込み、ちかちかする視界の中で埃が舞う。
「……だって、こうするしか」
ハッとして顔を上げると、彩花は血に濡れた人差し指を紙の上に置いていた。
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作者名：春間 | 作者ホームページ：https://twitter.com/April_hrm
作成日時：2022年9月11日 15時
