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病院の中を進む天馬の足には、迷いがなかった。最初に向かったのは、一人の高齢男性の病室だった。男性はベッドで眠っていて、私たちが部屋に入ってもぴくりとも動かなかった。
「末期がん患者。このあと、家族に囲まれながら亡くなるんだ。子どもが三人、孫は六人」
「それなら寂しくないね」
「寂しい？」天馬が首をかしげた。「周りに家族がいても、誰もいなくても、死ぬことには変わりないよ？」
「そうだけど……最期、そばに誰かがいてくれたら――見送ってくれたら嬉しいものなんじゃないかなって」
納得、というよりは理解したという様子で、天馬はうなずいた。
「Aも、死ぬときに誰かがそばにいてくれたら、嬉しい？」
わずかに顔が強ばる。
それを悟られないように、私は天馬から目を逸らし、窓の向こうへ目を向けた。
私が死ぬときに見送りに来てくれるような相手が、咄嗟に思いつかなかった。唯一の家族であった母親は数年前に逝ってしまったし、職場の人たちと一緒にいるのは楽しいけれど、仕事仲間という意識が強い。
「まだ……想像できないや」
そのとき、廊下のほうから複数人の足音が聞こえてきた。この病室に向かってきている。
「家族がきた」
と天馬が言った。思わず「えっ！？」と声を上げてしまい、慌てて口に手を当てる。
非常にまずい状況である。病室に知らない人がいたら、男性の家族はきっと不審に思うだろう。部屋を出ようにも出入口は一つしかないため、確実に家族と鉢合わせしてしまう。
「ど、どうしよう。このままじゃ怪しまれちゃうよ」
「心配ないよ。目を閉じてて」
天馬は私の目元を手で覆った。私が何か言う前にそれは外されて、「これでよし」と天馬が言う。
見てみると、私と天馬の服が、看護師の制服に変わっていた。
「木を隠すなら森の中って剣城に教えてもらったんだ。その場に馴染む格好をすれば怪しまれないんだよね」
そう言い終わるか否か、というタイミングで、部屋のドアが開いた。
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作者名：春間 | 作者ホームページ：https://twitter.com/April_hrm
作成日時：2022年9月11日 15時
