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移動した先は、先ほどの廃ビルと道路を挟んで真向かいにあるビルの屋上だった。
剣城の腕が離れると、私はその場に座り込んだ。もう脚に力が入らなかった。
ごご、とも、がご、とも付かない音が響き、ハッとして目をやると廃ビルの屋上部分が完全に壊れてしまった。地上のほうから人々のどよめきが聞こえる。
「逃げられてしまったか」
白竜は彩花を横抱きにして立っていた。抱えられた彩花はぐったりとして生気がなく、人形のようだった。
「彩花……！ 大丈夫なの！？」
「気を失っているだけだ」
そう言うと、白竜はふいに、彩花を抱えている手を離した。あっ、と声が出る。このままでは彩花は地面に落ちてしまう――そう思われたが、何と彩花はそのままの体勢で宙に浮いた。
そして、白竜は浮いている彩花の額に手をかざした。
「待て」
「ま、待って！」
私と剣城の声が重なる。白竜は視線だけで私たちを見た。
「何だ」
「何をするつもりだ」
「一部の記憶を消す」
そんなことできるはずがない、と思ったが、白竜は至極真面目な顔だったし、剣城が何も言い返さないところを見ると嘘だとも思えなかった。
「悪魔と関わっていたんだぞ。このまま放っておけば、この人間は正気ではいられない」
「で……でも、一部って、どれくらい？」
「それを今から探る。磯崎と出会う前の状態に戻さなければ」
磯崎は職場の先輩として彩花に近付いていたから、仕事帰りに私と夕食を食べに行った日には、すでに磯崎と出会っているはずだ。ならば、彩花は私と共に過ごしたこの数週間――もっと範囲が広ければ、転職してからのことを、全て忘れてしまうということになる。
そう考えると、胸が締め付けられるようだった。けれど、彩花のことを思うのならば――。
白竜の手から白い光が溢れ、彩花を包む様子を、私と剣城は黙って見ていた。剣城からしても、これが最善ということなのだろう。
数分間――数秒だったかもしれない。白い光は消え、白竜は再び彩花を抱えた。
「これでいい。それと、心臓に悪魔除けを彫った。しばらくは磯崎も近付けないだろう。……お前も」
剣城は黙って頷いた。まるで、白竜を――心のどこかで信頼しているような表情だった。
白竜は彩花を送り届けると言うと、次の瞬間にはもう消えていた。
誰かが通報したのだろう。遠くから、消防車のサイレンが聞こえてきた。
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作者名：春間 | 作者ホームページ：https://twitter.com/April_hrm
作成日時：2022年9月11日 15時
