【イナGO】迷える子羊を愛せよ上【天使と悪魔パロ】 (ページ39)

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「俺から離れるな」

　耳元で低く張り詰めた声が囁く。それが剣城の声だと気付くまで、一拍の遅れがあった。

　時計塔の針、飛び立ったカラス、周りを歩く人達――そして、隣の彩花の動きが、すべて止まった。ぞっとするような静寂に襲われる。

「剣城……」

　何が起こってるの、とたずねるより先に、剣城のほうにぐっと引き寄せられた。その途端に、冷たい空気が頬を撫でる。まるで、剣城から冷気が発せられているようだった。
　――黙っていろ、と言っている気がした。

「その女を離せ」

　その瞬間、鐘の音のような声が辺りに響いた。
　ハッとして目をやると、今まで誰もいなかった場所に、一人の男性が立っていた。
　真っ白な髪と服に、目だけが赤く光っている。直感でわかった。――彼は天使だ。

　彼は私や彩花には目もくれず、剣城だけに射抜くような視線を向けていた。常に穏やかで明るく、いわゆる人間が持つ天使のイメージを裏切らない天馬とは違い、その表情にはふつふつとした怒りを感じた。

「白竜」

　剣城が唸るように呟いた。白竜と呼ばれた彼は、剣城を見下すように顎を上げた。
　二人は知り合いなのか、と戸惑っていると、白竜が口を開いた。

「地獄すら追放とは。堕ちたな、剣城」

　嘲笑うような、天使らしからぬ言葉だった。表情、言葉の節々、声の調子、そのどれもが剣城を非難している。
　それにしても、天使と悪魔の対立が所以ではなく、二人が私的に仲が悪いような言い方だ。

「何の用だ」
「悪魔から人間を守るのが仕事だ」
「俺は何もしていない」
「どうだか」
「お前ならわかるはずだ」

　白竜は私を、ぞっとするような目で一瞥した。天馬や剣城といるときにはつい忘れてしまう、人ならざる者に対する畏怖が背筋を震わせる。

「人間とつるんで仲良しこよしか。誰よりも高潔な天使だったお前はどこへ行った？」
「そんなものは最初からいない」

　“天使だったお前”？
　一体どういうことか、と剣城を見上げるも、彼は白竜から視線を外さない。
　白竜は私を見て、いぶかしげな表情を浮かべた。

「お前、何も話していないのか。お前が悪魔になった理由も、お前がしてきたことも――」
「さっさと帰れ」

　剣城が吠えるように言うと、白竜は「言われなくても仕事だ」と言って目を伏せた。
　すると、止まっていた時間が動き出した。街の喧騒が戻ってくると同時に、白竜はいなくなっていた。