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心美ちゃんがどこに運ばれたのかもわからず、病院内をさまよっていると、廊下の長椅子に座っている槙田さんを見つけた。旦那さんは別の場所にいるのか、今は彼女一人だ。
何を話すのかすらよく考えずに、勢いのまま「槙田さん！」と呼びかける。
深く俯いていた彼女は緩慢な動きで顔を上げた、目元が真っ赤になっている。
「Aさん？ どうしてここに……」
「えっ、ええと……」
「……チーフが話したのね？」
「あっ、そ、そうなんです！ あの、すみません。心配で……つい、勝手に来てしまって……」
しどろもどろになる私に、槙田さんは弱々しく笑って頷いたあと、再度視線を床に落とした。
「あっ、あの……心美ちゃんは……」
「今は安定してる。でも……」
――覚悟しておいてくださいって言われちゃった。
槙田さんは肩を震わせた。顔を覆う両手の隙間から、押し殺すような嗚咽が聞こえる。
こういうときは、根拠が無くても「大丈夫ですよ」と慰めるべきだろう。
しかし、私にはそれができない。心美ちゃんがもうすぐ亡くなることを、私は知っているからだ。
そこで初めて、私はここに来るべきではなかったと思った。今すぐ帰るべきだ、とも。
今の私にできることは、最初から何も無いのに。
「あの、私……」
帰ります、と後ずさった瞬間、パンプスと床がぶつかり音が鳴った。
その音にハッとして――そして、ふいに槙田さんの姿が、昔の自分と重なった。
母が亡くなったとき、私は一人きりだった。
導かれるように、槙田さんの隣に座った。ポケットからハンカチを取り出し、彼女に差し出す。
「……ありがとう」
受け取ってもらえたことに安堵し、私は無意識に止めていた息を吐いた。
話し始めるタイミングがわからず、何度か口を開いては閉じる。私は槙田さんの嗚咽が落ち着くのを待ってから、控えめに声をかけた。
「あの、旦那さんは、今……？」
「外の空気を吸いたいって……」
「それじゃあ、旦那さんが帰ってくるまで、ここにいていいですか？」
言うと、彼女は少し遠くを見つめたあと、確かに頷いた。
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作者名：春間 | 作者ホームページ：https://twitter.com/April_hrm
作成日時：2022年9月11日 15時
