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水温 3 ページ11

あの時。
少しだけ驚いた。

人に触れるのは初めてではないのに
輪花の手に、吐夢は驚いたのだ。

あたたかい。
やわらかい。
ちいさな手。

無防備に、何も知らずに自分の手を握り
淡い熱を孕んだ瞳を向けてくる輪花に
確かに吐夢は驚いたのだ。

何故と言われると分からない。

そんな温度を感じる事は、自分の人生ではないと
心のどこかで思っていたのかもしれない。

人間ならば、1番に知るべき
母の体温すら知らない自分には、永遠に感じることのない温度。

愚かな罪人達の極度の緊張に上がった体温でも
それらの体から流れる生温い血液の温度でも
それら全てを失った冷たい骸の温度でもない、
淡い、淡い、優しい温度。

擦り合わせていた指を握り込み、
ゆったりと、吐夢はその目をまた底魚に向ける。

瞬きを一度した。

どこか自分に似ている、底魚、深海魚。

冷たい冷たい海の中で,静かに佇む彼らは
温かな海では生きていけない。
水温が高くなれば、彼らは冷たい場所を求めて
もっともっと深く、沈んでいく。

虚ろな吐夢の瞳に、底魚が映る。

自分は、どうなのだろう。
深海魚にどこか似た自分は、
温かな温度に触れた時、一体。

吐夢の手の中で、また携帯が震える。

輪花からのメッセージ。


『今晩は、急すぎるよね?』


嬉しさを隠せないようなその文面に
吐夢はふ、と,笑うと、輪花の体温を知る掌を
そっと冷えた水槽の壁に当てる。

ひやり。

吐夢は人工の光できらきらと光る水面を
しゃがんだまま見上げる。

ゆらゆらと揺れる水面で反射する光に、
吐夢は瞳を細める。

鮮やかな金色の尾を持つ熱帯魚が、
優雅に泳いでいた。


どちらも手に入れるのだ。
温かさも、冷たさも。

輪花に対する矛盾した感情は
両立が可能であることを、吐夢はもう知っていた。



深海魚でも熱帯魚でもない自分が
輪花の体温を知って行くうちに、どうなるのか。

こんな自分に臆する事なく触れる輪花の体温を
自分は最後にはどう感じるのか。


それを独り想像しながら、
吐夢は楽し気に、瞳閉じる。
その顔には、ゆらゆらと微笑みが揺蕩っている。



分厚い壁に遮られて聞こえるはずもない気泡が
ごぽりと音を立てるのを、聞いた気がした。

fin.

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設定タグ:映画 , 佐久間大介 , snowman   
作品ジャンル:恋愛
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Y.Harumizu(プロフ) - マコトさん» 私も初日に観てきました✨実はこういう仄暗い狂気系がとても好きで好きで、友達と何とか吐夢くんが幸せである姿を考えたい!って話してたら書いてました(笑)本当、彼の中の沼は深いです… (2月26日 17時) (レス) id: 245b47ec32 (このIDを非表示/違反報告)
マコト(プロフ) - Harumizuさんがこのネタを書いてくださるとは!! 初日に観てきました。桃様の表現者としての実力に圧倒されました。……解っていたけど、本当に深いですよね……彼の中の沼って。 (2月26日 16時) (レス) @page3 id: 777d8311f2 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:Y.Harumizu | 作者ホームページ:http://beautifulvitamin.yukihotaru.com/  
作成日時:2024年2月26日 16時

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