櫓のお七（Daisuke.S） (ページ3)

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櫓のお七（Daisuke.S）３ページ3

「落ち着いてきた？」
「ん。…ごめん、びっくりしたよね。」
「うん、まあ、驚きはしたけど平気。」
「なんか、…なんだろ。」

どこから話せばいいのか。
見た夢の映像も、感情も
まだ鮮明に残っているのに
言葉にするのが難しい。

「お七の夢、見てたんだけど。」
「歌舞伎の？」
「うん。なんか、自分なのに
　自分じゃないっていうか。
　なんだろ、…ちょっと怖かった。」

あの深い感情を、佐久間は知らない。
自分の命を賭する覚悟が出来てしまうほどの
愛情を、佐久間はきっとまだ知らない。
その人の事だけで、自分の全てを塗り潰されるような、あの激情が、少しだけ怖かった。

「お七さんかあ…。」

腕の中で聞こえた呟き。
少し体を離すと、思案顔のA。

「あの演目、すごく好き。」
「俺も好き。」
「あそこまで人を好きになれるの、憧れるよね。
　誰かの為に命を懸けるとか。」
「…ん。」

また、夢の中の赤色がフラッシュバックして
Aを抱きしめ直す。
何か少し、Aの言葉が嫌だった。

「なんか嫌。」
「うん？」
「Aが、俺のために命懸けちゃうとか嫌。」
「あー、成る程ね。」
「いや。」

ふふ、とAが笑うのが面白くなくて
腕に力を込めると、降参というように
背中を叩かれた。
まだ少しだけ力を緩める。

「私も、大介が私のために
　命を懸けちゃうのは嫌だな。
　でも、不思議と、お七さんの気持ちは
　分かるの。」
「…分かんなくていいよ。」

あんな、悲しい決意をしてしまう程の愛なんて
分かってくれなくていい。
警鐘のように、頭の中に半鐘が鳴る音が
また響いた。

「中々、現代だと想像し辛いけど。
　例えばね、大介が事故に遭っちゃったりして
　私の心臓とか、何か移植したら助かるって
　状況になったら、私、何でもあげると思う。
　いや、まあ、実際は難しいんだけどね？」
「…。」

Aの言葉に、湧き上がった歓喜。
それを感じた、自分を殴りたい。

彼女には、自分のために何一つだって
犠牲にしてほしくないのに。
その言葉を嬉しく思ってしまったのは
櫓のお七が今も愛される理由と同じに違いない。