見て見ぬフリ。 ページ42
「日本に行こうとは全く思わなかった？」
「思わなかった。
遠距離って言っても日本と韓国でしょ？
私は上手くやっていけると思ってた。
でもリュウセイはそうじゃなかったみたい。」
Aの伸びた首筋に、唇で触れてみた。
こうしてすぐ届くところにAはいるのに、
俺の知らないAの話を聞くと、何故だかAに触れていたくなった。
恋人がいるAって想像出来ない。
一人でカウンターで飲んでるAしか知らない。
「なんて、もう２年以上前の話だよ。
リュウセイのおかげで小説家の夢を
諦めずにいられたけど、それも昔の話。」
「イ・ソラの名前、彼がつけたんだろ？」
ヒョンから聞いたそんな話。
この際、聞いてしまえ、
そう思って、ずっと気になってたことを聞いた。
「誰から聞いたの(笑)」
「ヒョン。」
「Teddyオッパも本当におしゃべりだよね。」
「弟想いのヒョンだからね。」
「どうだか(笑)」
少し呆れたようにAはそう言った。
ジヨンには関係ないじゃん！
とかあの日みたいに言われるんじゃないかと
不安だった俺の心を柔らかいAの声が溶かした。
「もういいや、リュウセイが要らないなら、
私も、イ・ソラなんて要らないって思って書くのやめたの。
馬鹿みたいでしょ？リュウセイのために書いてたわけでもないのに。裏切られたなんて思って、ヤケになって、そんなふうに考えてた。」
「それはさ、イ・ソラだけじゃないんじゃないの？」
「どうゆうこと？」
「A自身のことも。」
昔のことだなんて言うけど、まだ傷付いてんでしょ。
Aは見て見ぬフリをしてるだけ。
そうだね、Aは小さくそう言った。
バスタブの縁に乗ったAの手に手を重ねて、指を絡ませる。
俺は自己中心的で、自分勝手だから、
昔の男の話を聞いてても、
俺なら、俺だったら、そればかり考える。
こうして、捕まえておきたくて仕方ない。
どこにも行っちゃわないように、
泡のように消えちゃわないように、掴んでいたい。
いつもと違ったのは、
Aも俺の手を握り返してくれたこと。
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作者名：carly
| 作成日時：2020年5月20日 21時
