. ページ27
.
嬉しいような、悲しいような、複雑な気持ちで病院までの道のりを歩く。
どうせ今日も河村は俺の方をきょとんとした顔で見るんだ。
そして開口一番こう言う。
「…どちら様でしょうか?」
すこしぽーっとした、熱に浮かされたような表情で。
コンコン。
病室のドアをノックする。
「…はい」
「入るね」
俺はわざと河村が俺のことを忘れていることなど知らないかのように、砕けた口調で声をかける。
あぁ、また聞いてしまう。
あの一言を。
アレを聞くたびに、俺はどん底に突き落とされるような気分になるというのに。
それでもこの見舞いに来るのを止めることはできない。
だって、俺がこれを止めてしまえば、俺と河村が恋人であるという事実は本当になくなってしまうから。
笑顔を浮かべつつ、ベッドサイドに立つ。
河村が息を飲む音が聞こえた。
「っ……だれ、ですか?」
「…え」
少し驚いた。
思っていた言葉とは違ったから。
同じ意味を持つ言葉。
でも、そのニュアンスは少しだけ違う。
他の人から見れば些細な違いかもしれないけど…分かる。
思考が追い付かなくて、河村の目をただ見つめていた。
河村の目から、つーっと涙がこぼれおちる。
これ、は。
いや、待って。
「かわ、むら…」
「あ〜っ…もう、もっと驚かそうと思ったのに…僕の馬鹿…っ」
河村は眼鏡を取って、病院着の袖で乱暴に涙をぬぐった。
「河村…?」
河村の視線の先には木枠でできたどこにでもある写真立て。
俺と河村が昔取った写真をプリントしたものだ。
昨日の夜、河村が寝てからサイドテーブルに置いていった。
「っ…そうだよ…僕…今朝、起きて、その写真…見たらっ…全部…ぜんぶ…」
ぐす、としゃくりあげながら途切れ途切れに言葉を紡いでいる。
その言葉が終わる前に、がばっと河村を抱きしめた。
「河村っ…かわむらぁっ…!」
「ごめん…ごめんね、ふくら…」
「いいっ…ちゃんと、思い出したから…許すよっ…」
男2人が病院で泣きながら抱き合っているさまは、なかなかに滑稽かもしれない。
でも、そんなのどうでもよかった。
387人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
Azusa(プロフ) - morさん» そうですね!私も創作意欲を失った訳では全く無いので少し落ち着いたら長編とかも書いてみようと思ってます(^-^)最後まで読んでくださりありがとうございました! (2021年1月13日 2時) (レス) id: 1e11c41067 (このIDを非表示/違反報告)
mor - 更新お疲れ様でした!再開される時まで待ってます!その時はizym長編とか最後のizymの続きとか読みたいです! (2021年1月1日 20時) (レス) id: 06bc4acfa5 (このIDを非表示/違反報告)
Azusa(プロフ) - 緋歌梨さん» 本当ですね…治しておきました。わざわざ教えていただいてありがとうございます…!! (2020年11月29日 21時) (レス) id: 1e11c41067 (このIDを非表示/違反報告)
緋歌梨(プロフ) - 19ページの9行目みんなには言ったのかじゃないですか? (2020年11月29日 20時) (レス) id: ef32365840 (このIDを非表示/違反報告)
Azusa(プロフ) - ゆゆーさん» 可愛いシチュのお陰です笑 リクエストありがとうございました! (2020年11月14日 17時) (レス) id: 1e11c41067 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:Azusa | 作成日時:2020年9月13日 21時