卅壱 ページ32
やや前のめりになったしのぶは、Aの身に纏う温かさに包まれる。
彼の鼓動は、酷く静かだった。
…………本当に、不思議な男だと、改めてしのぶは思った。
姉の好意を知らぬフリでのらりくらりと交わしては落ち着きのなかったこの男。
掴みどころがなく感情も読めないというのに、時折その横顔に、泣きたくなるほど人間味のある表情を見せるのだ。
『……しのぶ』
しのぶの右耳を擽るAの声。
湖上に落ちる一滴の雫が波紋を水面に作り出すように彼の声はしのぶの鼓膜を揺らした。
その呼び方に、しのぶの心は限界を迎える。
『……よかったなぁ…炭治郎みたいな子が現れてくれて』
心の底から出た言葉だった。
堰を切ったように泣き出したしのぶをしっかりと抱きとめて、Aはその背中を優しく、壊れ物を扱うように撫でる。
羽織を濡らすその雫をAは決して厭う素振りなど見せなかった。
カナエが還らぬ人となってしまってからというもの、Aはしのぶの変わり様に少々心を痛めていたのだ。
姉を真似した笑みは、Aに言わせると可哀想なほどに不格好で、毎回こうして抱きしめてあげたい衝動に駆られていた。
やっと声を上げて泣いた彼女の姿にホッとするように表情を緩めたA。
自らの羽織の背を握ったしのぶの手に答えるように、彼自身もその腕に力を込めた。
全てを包み込むように広いAの胸とその体温は、どこか懐かしいようで…。
Aとしのぶの姿は、誰が見ても仲睦まじい兄妹のようであった。
『……大丈夫…誰も見てへんから、存分に泣いてまえ。な?』
「………………っうぅ……」
『大丈夫……大丈夫やで…』
血は繋がっていなくとも、彼はれっきとした兄であった。
《しのぶを、よろしくお願いします》
そんな彼女の声が、Aの頭に木霊する。
そしてその声を聞き逃すまいとするかのように、Aがこれ以上口を聞くことはなかったのだ。
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隆弘 - 誕生日一緒だァァァァァ⁉︎今日から読み始めるので楽しみって感じです‼︎ (2022年7月25日 0時) (レス) @page1 id: 4c1fa166fb (このIDを非表示/違反報告)
タロ。(プロフ) - 拙い説明で申し訳ありません……!ですが、ありがとうございます! (2020年1月21日 18時) (レス) id: a185b79d93 (このIDを非表示/違反報告)
タロ。(プロフ) - ルルさん» ご指摘ありがとうございます!紛らわしい書き方をして申し訳ございません…あくまで、炭治郎には火の呼吸という認識をワザとさせています。その後の閼伽が「日…ではない」と語っていますので、ここの間違いは意図的となります (2020年1月21日 18時) (レス) id: a185b79d93 (このIDを非表示/違反報告)
ルル - 珊しちでした (2020年1月21日 17時) (レス) id: 2200c5b181 (このIDを非表示/違反報告)
ルル - 珊じゅう話の炭次郎が言ってる呼吸が日の呼吸ではなく火の呼吸になってます (2020年1月21日 17時) (レス) id: 2200c5b181 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:タロ。 | 作成日時:2019年9月25日 21時