14 ページ15
葛葉さんがいなくなった洞窟はなんとなく寒くて、寂しかった。
葛葉さんと出会ってからのことを一人思い返す。
家じゃない、外の世界で初めて出会った人で、本当のことを教えてくれた人で、こんな私に、生きろ、と言ってくれた人だ。
何より美しいものを見せてくれた人だ。
初対面でここまで気を許した私は馬鹿なのだろう。
辻褄が合っているからと言って現実味皆無の話を信じ切って、相手の行動に信頼を寄せて、相手の帰りを一人で待っている。
『馬鹿だなあ・・・』
誰もいない洞窟で、独り呟いた。
自嘲的な声音はゴツゴツとした岩肌へ吸い込まれていく。
葛葉さんが今、どこで何をしているかなんて知ったことじゃない。
分かりたくても分かれない。
でも、それでも私は葛葉さんを待ち続けるのだ。
それしか生きる術はないから。
葛葉さんが帰ってこなかったとしても、私はここで待ち続けるんだろう。
時間の流れがわからない洞窟の中で、どれぐらい経ったのかもわからない意識の中で、声が聞こえるのを待つのだろう。
きっとあなたは帰ってくるに違いない。
凄惨で残酷すぎる事実を包み隠さず教えてくれた人だから。
私がすべてを諦め、手放そうとしたことを叱ってくれた人だから。
私がこんなひどいことを考えてたなんて微塵も思わずに、綺麗な目を細めて言うんだ。
ただいま、と。
これは相手への信頼と、期待と、そしてある種の依存なのだろう。そう思う。
でも私は執着してしまった。
この世の何よりも美しいものを知ってしまったが故に。
手放したくないと、まだずっと見ていたいと、執着してしまったのだ。
この執着に名前はまだない。
つけるべき名前を知らない。
いつか分かる時が来るのか、その時すら来ないのかもわからない。
唯わかるのは、この執着という感情は美しくないのであろう、ということだった。
ふと、閉ざされた洞窟の中に風邪が吹いた気がして、葛葉さんが出ていった場所に目を向けた。
長い布の奥から、彼はここに来た。
だから私は笑って迎えるのだ。
この美しくない執着だけは包み隠さなければ、と思いながら。
『おかえりなさい。』
葛葉「ただいま。」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 223人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
Asuna(プロフ) - Eryngiumさん» Eryngiumさん、ありがとうございます！これからも頑張ります！！ (11月27日 7時) (
レス) id: ef68d1b102 (このIDを非表示/違反報告)
Eryngium(プロフ) - 完結おめでとうございます！心理描写がとても丁寧ですごく読みやすかったです。これからも活動を応援しています！！ (11月27日 0時) (レス) @page22 id: 663ca84b4d (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：Asuna | 作成日時：2023年11月24日 19時
