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｢あ｣
いつも通り二人で夕香の病室にいると、Aが急に立ち上がった。
｢どうした？｣
｢そろそろ行かなきゃ｣
｢……円堂のところか｣
｢うん。多分帰りは遅くなると思う｣
思わず眉間に皺が寄った。女の子を夜遅くまで特訓に付き合わせる気か、あのサッカーバカは。
｢気をつけて帰って来い。夜に女の子が一人歩きなど以ての外だ。世の中は物騒なんだぞ。円堂に近くまで送ってもらえ｣
｢はいはーい。修也がこんなに喋るの珍しいね｣
茶化すなと頬を抓ると、へらりと笑って大人しくなる。
彼女の笑顔を見ていると、不思議と心にかかった靄が晴れていく気がするのだ。そのせいで、いつも上手く丸め込まれてしまうが。
｢……ちゃんと道はわかるか？｣
｢たぶんー｣
｢無理そうなら連絡しろ、迎えに行くから｣
｢ありがとう！｣
輝かんばかりの笑顔を残して病室から出ていく。
永遠に離れるわけではないにも関わらず、心に乾きを覚えた自分に驚いた。学校が違ったときは、今よりもっと……会う機会すらほとんどなかったはずなのに。
彼女があまりにも暖かくて、柔らかくて、眩しいから。いなくなってしまうと、いつも通りの状態が少し寒く感じてしまう。
Aは円堂を太陽のようだと表現するが、豪炎寺にとってのAはまさに月だった。円堂のような圧倒的な光ではないものの、真夜中に往くべき道を優しく照らしてくれる、そんな月。この上なく甘やかで優しい光と温もりは、失った途端とてつもない喪失感を生み出すことだろう。
そんな予感がずっと胸の奥にこびりついて離れないくらい、彼女は稀有で特別な存在だった。
風が吹き抜けるようにAが出て行った扉から、ベッドに横たわり眠る妹に視線を移す。変わるはずのないその表情が、少しだけ綻んだ気がした。
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作者名：おひめ | 作成日時：2022年7月14日 17時
