【派生作品】愚者は幕が降りて、なお。 (ページ3)

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◆煌めきを研ぐページ3

「なんでアンタは魔力が高いのよ…！！」

母の悲痛な叫びが、狭いリビングの壁に何度も跳ねて、一階へ続く階段へと溶けていく。大きく腕を振るったせいで、テーブルの上に置かれていた花瓶が大きく音を立てて落ちた。父は何も言わずに陶器の破片を拾って、片付けるフリをしてその場を去る。狭いリビングには水浸しになった床にうずくまる母と、椅子に座り俯くエリックだけが取り残され、無為な時間が過ぎていた。

「洗脳もできないじゃない！！従わせることもできないじゃない…！！なんで産まれてきたのよこの出来損ない！醜いのよ！消えてよ、消えてよぉ…！！」

泣き叫ぶ母をエリックは、波を立てぬよう黙って目を逸らすことしかできなかった。
母は、昔からエリックの瞳を嫌っていた。こうやって母の感情が高ぶるところを見るのは、既に慣れていた。物心が付く前からずっと否定され続け、それが原因か幼少の頃からあまり外に出してもらえなかったのだから、当然とも言える。その分父の仕事に長い時間触れて、その美しさに何度も目を輝かせた。父とは仲が良かったと思う。そのときの父は嬉々としていたはずなのに、今では言葉も交わさなくなっている。
それでも、どんなに嫌われていようと、母が水のうえに蹲るのは見るに堪えない。

「…母さん」
「黙りなさいよ出来損ないのくせに！！アンタなんて口を縫ってやるッ！せめて都合のいい人形になってなさいよぉ…！！！」

罵倒はあまりにも滑らかだった。胸を押し潰されながらも、宥めるには本格的に黙り込むしか手段を知らなかった。
落ちた陶器を片付けていた父が、雑巾を持ってようやく口を開く。

「ディアナ、床を拭かせてくれ。もう部屋に戻ろう」
「……えぇ、あなた。もうアイツを見なくていいのだものね、そうよね、そうよね……」

父の声は冷たく、母の声はか細い。つららのような二人が、支え合いつつリビングから出ていく。
残されたのは、雑に置かれた雑巾とエリックのみだ。部屋の隅から冷気が押し寄せて、心の底から凍らされる。その前にこの水溜まりをどうにかしようと、雑巾を拾って水を吹いていく。心の前に手先が凍ってしまいそうだ。

ぽたり。不意に澄んだ海から一つ雫が落ちて、手の甲に当たる。新緑の森にも雨が降り、景色が滲み始めた。理解しているはずなのに追い付かない脳の腹立たしさに、もう声も出ない。繰り返し濡れる床を、感情任せに拭い続けた。

それは、黒い馬車が迎えに来る一日前のお話。