【派生作品】愚者は幕が降りて、なお。 (ページ2)

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◇あい、まい、みーページ2

「家族の話？」

キュアリスパピリア寮には談話室がある。校舎の雰囲気からは連想もつかない近代的なビルの7階にあるそれは、友好的な関係を望むキュアリスパピリアらしく広々としたくつろげる空間だ。
ある日の放課後、入り口近く。けたけたと楽しそうに話す同級生達が気になって話しかけてみれば、どうにも家族の話をしていたようだった。

「そうそう、コイツの弟の話が面白くてさ！トーマスは兄弟いんの？」
「おれは一人っ子だよ！兄弟かぁ、どんな話してたんだい？」

そうトーマスが話を振れば、既に共有されていた話題が破片となってトーマスへと向かってくる。けれどそれよりも、胸につっかかるものがあった。

嘘だった(・・・・)。
家族のことはほとんど覚えていない。トーマスの一番初めの記憶は主人と出会う少し前、酒場のおじさんに拾われたところからだ。それ以前の記憶全てに靄がかかっているようで、曖昧になっている。覚えているのは家が輝石の国であったこと、両親と妹が一人いたこと、妹のことを愛称で「ヴィー」と呼んでいたことだけ。8歳まで過ごしたはずなのに、ほんの、それだけ。
怖かった。それに気付いてしまったとき、得体の知れない恐怖と体ごと潰れてしまうような感覚に、枕にどうにか涙を吸わせた。また思い出せなくなるのが怖くて、人の名前を愛称で呼ぶことをやめた。ことあるごとに名前を呼ぶようにした。短文ではあるが日記もつけ始めた。

そんな記憶にも、唯一晴れ間がある。──“グレート・セブンへの憧れ”。それだけは紛れもなくて、何度でも本の内容を思い出せた。光を照らしてくれる記憶が一つでもあったのは大きな支えで、結果的に、それがトーマスが自身を確立するための柱となったのは言うまでもない。
きっとこの記憶だけがハッキリしているのは、家族とまた会うためだ。きっとヒーローであればいつか会えるのだと、根拠もないが確信している。

「やべ、俺今日部活…！」

端で携帯をいじっていた一人が声をあげる。時間は既に部活開始時間の5分前で、場所によっては間に合わない。

「え、お前サイエンス部だろ、平気か？」
「めっちゃ急ぐ！んじゃあなお前らー！！」

それを切っ掛けにして、話していた同級生たちは一人、また一人、ぱらぱらと談話室を後にしていく。

「……家族かぁ」

誰もいなくなった談話室で、トーマスはちいさく、空間に置くように呟く。
深呼吸をすればふいに主人に会いたくなって、すぐに談話室を出ていった。