La mer (ページ4)

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相変わらず厳しい表情を浮かべながら、開放された酒場の入口へと躊躇なく入っていく。
外からでは分かりづらいが、中は案外広々としており、ズラリと並んだテーブル席や長い長いカウンター席など、そこかしこから人々の楽しそうな声が聞こえてくる。テーブルや裏手にある厨房、給仕が運んでいるトレーからは出来たての料理から漂う美味しそうな匂いや、ビールやいろんな酒の独特な匂いも漂ってくる。
深澤が酒場の中を進むと、宴に興じていた大半の人々は皆深澤に視線を向けてくる。
無理もない。深澤は軍人である以上この様な場所には滅多に足を踏み入れない為、全く未知の世界にやってきた気分がして少し戸惑いを隠せずにいた。

(……酒の匂いはやはり好きでは無いな)

滅多にやってこない場所に圧倒されながらも、深澤は本来の目的である人魚捕獲事件の聞き込みをするべく、再び懐から手帳を取り出す。そして、カウンターで客と楽しげに会話している豪快そうな男、この酒場の主人の方へと歩み寄り、カウンターの目の前で立ち止まる。

｢いらっしゃい、軍人のあんちゃん。珍しいねえあんちゃんみたいなえらく真面目そーな人がこんな大衆酒場にやってくるなんて。……ただ酒を飲みに来た、という訳でもなさそうだなぁ？｣
｢ご名答、そして何より話が早い。実は我々は只今、800年近く前に発生した人魚捕獲事件について情報を収集しておりまして。……まぁ、人魚なんている訳もないのにこんな事件に携わることになってしまって非常に馬鹿馬鹿しいことこの上ないのですが。さて、では何か知っているのであればお聞かせ願いましょうか｣

｢んー……俺はあまりそういったことには興味が無いからなぁ。……あ！でもあんちゃん、それならなにか知ってそうな奴がいる！｣
｢ほぅ？｣
｢あそこのカウンターの端で一人飲んでいる長い白髪のあの男…アイツ、色んな人に『昔話』を聞かせてあげるのが趣味らしいぜ。良かったらあんちゃんも聞いていったらどうだい？｣
そう言って主人はカウンターの端に掛けて飲んでいる、一人の男の方に視線を向ける。件の人物は美しく流れるような長く白い髪を垂らしながら、グラスに口をつけている。長い髪のせいで、横顔はほとんど見えない。
｢……はぁ｣

見知らぬ男の思い出話など聞いている暇は無いが、なにか有力な情報を聞き出せる可能性はゼロではないだろう。
深澤は溜息をつきながら、男の元へと向かった。