33.忘れ雪 ページ34
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季節は巡って、間もなく春を迎えようとしていた。
その冬はそれが最後になるだろであろう忘れ雪は
今日が卒業式だという生徒にとっては
いまいち、実感がわかない理由になるかもしれない。
そんなことを考えながら
買い物に出ようとコートを羽織ったと同時に
玄関から冷気が入り込んできた。
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「...A」
「降谷君、?」
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頭や肩に薄っすらと泡雪を乗せた彼。
会うのは三日ぶりだ。
彼は私を、今までのどれよりも強く強く抱きしめた。
体温で溶けた雪が、
美しい彼のハニーブロンドと
見慣れたグレーのスーツを
わずかに濡らしている。
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「......何か...あったの...?」
「...時間がないんだ、もう行く」
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彼は身体を離すと、私の頬に手を当てた。
その手はひんやりと冷たい。
しばらくして、私の頬は...彼の手と同じ温度になる。
見上げた彼の瞳は......強い、覚悟の色。
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「ようやく全部、終わる」
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そう言って彼は、その手でそうしたように
今度は唇で...私の体温を奪った。
漏れる吐息は、ウソみたいに熱い。
彼の唇が、私のそれと同じ温度になった。
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「必ず帰る」
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家を空けることは珍しくないのに
なんとなく、彼の言わんとすることがわかった。
どこまでも強い彼の覚悟と
それに伴う危険の大きさを推し量る。
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けれど
いつ帰ってくるのか、とか。
もし無事に帰ってきたら、とか。
未来のことは話さない。
ただ
それでも彼は、必ず帰ると私に伝えに来た。
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「...じゃあ、」
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背を向けた彼に、後ろから抱きついた。
無事を祈る言葉も...行かないでとも言えないけれど。
今はもう
ただ待っているからと伝えるだけの関係ではない。
送り出す言葉を、伝えることができる。
彼がただいまと言えるように。
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「...行ってらっしゃい」
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彼の言葉だけを信じよう。
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どうか...桜が散ってしまわぬうちに。
蕾がほころぶ前に、忘れ雪に祈りを捧げた。
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どっきりとんとん(プロフ) - 何年かぶりに拝見しました。こちらのサイトを狂ったように漁っていた日々を思い出して何とも言えない気持ちになり、号泣してしまいました。思春期だった私を支えてくれた素敵な作品をありがとうございます。きっとまた読み返すと思います。 (2月6日 9時) (レス) @page37 id: fe5f4d4ce0 (このIDを非表示/違反報告)
やっち(プロフ) - 感動しました!泣きました!無事に消えなくて良かったです (2023年1月4日 9時) (レス) @page26 id: aabe067d77 (このIDを非表示/違反報告)
塩瀬Fe(プロフ) - 作品のご完結からかなり時間が空いてしまいましたが…こんなに素晴らしい作品に出逢えて本当に嬉しいです。読んでいて自然と涙が出てきました…表現の仕方が刺さりました。これからも頑張って下さい。応援しています…! (2022年6月13日 17時) (レス) @page38 id: 9093843c29 (このIDを非表示/違反報告)
sou(プロフ) - 1話1話のお話の満足度が高すぎてあれ??まだこんだけしか読んでない?って毎回びっくりします笑笑 (2022年3月28日 21時) (レス) @page16 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
麗(プロフ) - とても綺麗な作品でした!説明が下手ですが、不思議な、そして穏やかな気分になれました。本当に素晴らしい作品でした、書いてくださりありがとうございました。 (2021年11月23日 8時) (レス) @page38 id: b375adba0d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ももこ | 作成日時:2018年8月10日 14時