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この場には、私と沖矢さんの二人だけ。
正確には...おそらく、一組の男女がいるけれど
だけどそれは、隣に立つこの人に隠れて見えなかった。
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「...私達が会ったのは、片手で数えられるくらいね」
「そうですね」
「それなのに...随分、優しいのね」
「......彼は、君が独りで泣くことは好まない」
「っ、」
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不自然にならないように顔を上げる。
俯いたらすぐに零れてしまいそうだったから。
私たちの間に流れた沈黙を、波の音が埋めてくれる。
海の中にいるみたいだった。
視界が歪んで、鼻の奥が、喉の奥が痛い。
うまく呼吸ができない。
ゆらゆら揺れる景色は、
私の瞳の表面張力がぎりぎりであることを伝えている。
蜜柑色が水平線の果てに沈むのを見届けたら、
それが合図だったように沖矢さんが私の背中に手を置いた。
手のひらから伝わる温度が優しくて、
子供みたいに泣きじゃくった。
夕闇が夜の暗さに変わる頃には
頬を撫でる潮風が強くなって、涙の跡がひりひりとした。
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「......ごめんなさい」
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帰り道、車内で謝罪の言葉を述べた私に
付き合わせたのは自分の方だと沖矢さんは言った。
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「それより...泣き腫らしたその目をどうにかした方がいいでしょうね」
「...彼は何も言わないわ」
「ホォー...それは少々、意外ですね」
「よく知ってるのね、彼のこと」
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車は見慣れた街並みに差し掛かった。
速度を落として、住宅街に入っていく。
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「今日は本当...ごめんなさ、」
「僕は、別の言葉が聞きたいですね」
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車を停めた沖矢さんが、くすりと笑う。
その物言いが、弟や妹に言い聞かせているようで
兄がいたらこんな感じなのかと思った。
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「ありがとう」
「お礼を言われるようなこともしていませんが」
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沖矢さんの作り上げた設定に甘んじて
それ以上は何も言わず、車を降りた。
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「どういうことか説明してくれます?」
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その時、初めてその存在に気がついた。
アパートの外壁に凭れて腕を組んでいるのは
紛れもなく、私が焦がれていた彼で。
そして自分の浅はかさに後悔する。
彼にこんな顔をさせるくらいなら
独りで泣いていた方がよかったのかもしれない。
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どっきりとんとん(プロフ) - 何年かぶりに拝見しました。こちらのサイトを狂ったように漁っていた日々を思い出して何とも言えない気持ちになり、号泣してしまいました。思春期だった私を支えてくれた素敵な作品をありがとうございます。きっとまた読み返すと思います。 (2月6日 9時) (レス) @page37 id: fe5f4d4ce0 (このIDを非表示/違反報告)
やっち(プロフ) - 感動しました!泣きました!無事に消えなくて良かったです (2023年1月4日 9時) (レス) @page26 id: aabe067d77 (このIDを非表示/違反報告)
塩瀬Fe(プロフ) - 作品のご完結からかなり時間が空いてしまいましたが…こんなに素晴らしい作品に出逢えて本当に嬉しいです。読んでいて自然と涙が出てきました…表現の仕方が刺さりました。これからも頑張って下さい。応援しています…! (2022年6月13日 17時) (レス) @page38 id: 9093843c29 (このIDを非表示/違反報告)
sou(プロフ) - 1話1話のお話の満足度が高すぎてあれ??まだこんだけしか読んでない?って毎回びっくりします笑笑 (2022年3月28日 21時) (レス) @page16 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
麗(プロフ) - とても綺麗な作品でした!説明が下手ですが、不思議な、そして穏やかな気分になれました。本当に素晴らしい作品でした、書いてくださりありがとうございました。 (2021年11月23日 8時) (レス) @page38 id: b375adba0d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ももこ | 作成日時:2018年8月10日 14時