プロローグ ページ1
「ありがとう、好きだったよ蘭くん」
翻った、艶やかな茶髪と白く柔らかそうな手。
掴もうとしたけど、その権利はもう俺にない。
彼女の決意を抱いた瞳がそう教えてくれた。
「好きだったよ…か…」
過去形。
それは現在形には覆さない。
「は…はは…」
いいじゃないか、付き合ってた当時の愛を、今確かめられたのだから。
今彼女がそう言ってくれたのだから。
「……みじめだなぁ、俺」
覆水盆に返らず。
くそ、と思わず漏れてしまう悔しさの声を、にわか雨がザアッと隠してくれる。
「…マジかよ」
このタイミングで。どこの少女漫画だ。
リュックをからいなおして、タッと一気に駆けだす。
ぱしゃぱしゃと、即席の水たまりが俺の足元を濡らす。
雨宿り…どっかできるとこ…
キョロキョロしながら留まれる場所を探す。
割と都心の方なので店はいくらでもあるが、その分高級店もこれでもかというくらいある。
ただの雨宿りのために入った末路、嫌々ながらの悲しい出費は、今の俺には辛いストレスコンボだ。それだけは避けたい。
でも早く乾かさねーと風邪ひくしな…っと。
眼前に、レトロな雰囲気の店。
わかりやすい木目を基調とした壁に、『Alstroemeria』とモコモコしたフォントの看板、そして。
…これでもかというほどの、店前にある大量の花々。
花屋ね…ふーん…。
…まあ、いいか。
雨宿りできるなら、とジブリ映画に出てきそうなオシャレなドアを、グッと引く。
まるであの店のような、コロンコロンという鈴音と共に、入った瞬間、目の前に女の人の姿が目に入った。
パッキン、蒼い瞳、…金髪碧眼、ピアス、真珠のような白い肌に、ハーフのように整った顔立ちに、漂うクールな雰囲気。
プラス、真っ白な生地に、不格好に刺繍された『あるすとろめりあ』という文字が入ったエプロン。
その容姿とエプロンの差に思わず、うぉっと固まると
一瞬、ほんの一瞬だけ女の人は不機嫌そうに眉をひそめて
「…らっしゃーせー…」
そう無愛想に呟いて、(一応)客の俺の横をするりと通り抜けると、コロンコロンと鳴らして店を出ていってしまった。
再び思わずえぇっ?と思い、慌ててドアを開けると、それはそれは大事そうに、植木鉢に入った花を、まるで赤ん坊のように抱えて、じっと見つめる彼女がいた。
「………」
「……?」
そのアクアマリンのような蒼が、くるりと光る。
その蒼の輝きに、俺はじっと、目が離せなかった。
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作者名:あまなつ。 | 作成日時:2018年9月3日 21時