1-8(日向なつ) ページ8
「じゃあ、明日は起きたら声掛けてね。お姉ちゃんは仕事でいないから…ご飯だけ炊いておこうかな」
「陛下…じゃなかった、ローズ様。お部屋までお送りします」
「そこまでしなくていいわよ、チェシャ」
「チビ達の名前が…」
「ハッターちゃんと寝てね？」
夜。
それぞれの部屋へ戻る直前、ローズがチェシャを引き止めた。
「あの、チェシャ」
「？ 何でしょうか」
「…これ」
ローズが小さく畳んだメモ用紙をチェシャへ差し出す。
チェシャは少しだけ首を傾げてそれを受け取った。
「これは？ …っ、」
「あなたの、名前」
「あなたは…私の騎士だから」
「陛下…いえ、ですが私は」
思わずチェシャの言葉尻が乱れた。
意図して使わずにいた、『騎士』としての言葉遣い。
「私は、陛下をお守りするべき時に何も出来ないままでした。先王殿下直々にこの座を頂きながら…充分な働きは出来ていません」
ローズはゆっくりと首を振った。
「貴方が何と言おうと、私の騎士は貴方だけだわ。…あの日、記憶を失った私が最初に見たものは変わってしまったホワイトと、私のもとを去ったハッター。訳もわからないまま王座に座って…それでも壊れずにいられたのは、貴方がいたから」
ローズは覚えている。
幼い頃、城の窓から見えたチェシャが剣を振る姿を。
同い年のハッターと年相応に笑い合う姿も、自分に向けるキラキラした瞳も、全部。
「昔から、貴方は私に仕えるのだとキラキラした目で私を見ていたから」
そんなひとがあの時、目の前で傷だらけになりながらも『騎士』の座にいてくれたから。
だから、今日まで私は『女王』でいられた。
「どうか私からこの名を贈らせて頂戴。これから先も、今までも、私の騎士は貴方しか居ないわ」
「…謹んで」
チェシャはすっと居住まいを正した。
ローズの前に跪き、頭を垂れる。
「謹んでお受け致します。女王陛下」
ローズはくすりと笑った。
「これからは『女王陛下』、は禁止よ。外でそんな呼び方はできないもの。そうでしょう？ 騎斗」
「そうでしたね。へい…ローズさ…ローズ…様」
「まだ訓練が必要ね」
思わず笑う。思い出したようにチェシャが一枚の紙を取り出した。
「これ、オレからもローズ…様に。僭越ながら、名前を贈らせていただきたいと」
ローズはふわりと笑ってその紙を受け取った。
「ええ、お受けするわ」
ーー千榎田
それがローズの名前になった。
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作者名：ユエル×日向なつ x他1人 | 作者ホームページ：
作成日時：2021年7月22日 15時
