幕間:かつての日々(チェシャ・キャット) ページ12
幸せで誇りに満ちた日々が、続くのだと思い込んでいた。
あの日まで…白兎がおかしくなってしまった、全てが狂ったあの日までは。
***
「食事の時間です」
ひどく冷たい声が聞こえる。
牢獄のような檻の中、チェシャは緩慢な動作で顔を上げた。
檻の向こうに立つのはかつての友人だった男であり、チェシャから全てを奪った男…宰相ホワイト・ラビット。
能面の様な、温度のない顔がこちらを向いている。
「食事です。早く取りなさい」
のろのろと体を動かす。足枷がじゃらりと重たく、耳障りな音で騒いだ。
四角い盆の上には硬く乾燥したパンが一切れと、薄い色をしたスープが少し。いつもと同じそれを檻越しに受け取ると、ホワイトはもうここには何の用事もないと言わんばかりの様子で背を向けた。
コツコツと規則的な足音が遠ざかっていく。
チェシャは床に置いた食事を前に、ぼうっとそれを聞いていた。
空腹感は、ない。それを「ない」と感じる感情も、気力もとうに失っていた。
(…白)
ぼんやりとした視界にスープの白が映る。チェシャの目が微かに瞬いた。
(…白と…黒)
(対を成す物。いつか訪れる…希望)
(…待っていれば…何を?)
途切れ途切れの意識が浮かんでは消える。
チェシャの脳裏を緑の髪が過ぎって掻き消えた。
(…どうだっていいか)
思考が潰える。夢想は心を鈍くするのには役立たない。
チェシャにとって必要なのは心を鈍く錆びつかせて、ただ時が過ぎるのに身を委ねることだけだった。
「……………」
チェシャ・キャットはそうして今日も牢獄に繋がれている。
いつか訪れる白い希望を、かつて己と共にあったひとを、求めることも忘れて。
ただ、そこで待っていた。
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作者名:ユエル×日向なつ x他1人 | 作者ホームページ:
作成日時:2021年7月22日 15時