甘々な避難場所。３【短編集】

触れられる距離。【黄】 ページ9

｢____あっ、ケーキ食べちゃわないと｣



10月26日。

作りっぱなしのケーキを思い出し、一人暮らしにしては大きい冷蔵庫を開ける。


____昨日は幸せだったなぁ。

胸の中に湧き上がってくる幸せを噛み締め、一人頬が緩んだ。


私の大好きな彼、るぅとくんはお仕事が忙しい。


昨日はなんとかギチギチの予定の中に私と会う時間を設けてくれたのだ。

それも深夜で少しだけだったけれど、そのほんの少しの時間でも私の心は満たされた。



深夜、思い出の場所に現れた彼はまさしく『王子様』だったなぁ。



思い出すと、この5号サイズのケーキよりも大きく、幸せで満ち溢れる。



｢るぅとくんにも食べてもらいたかったけど……しょうがない、お写真送れただけで良しとしよう｣



このケーキを見ると、会えないとわかっていながらも作った気持ちが蘇ってきて寂しくなってしまう。

彼はわざわざ私のために時間をつくって会ってくれた。それだけで十分じゃないかと思う反面、もっと一緒にいたかったと 通してはならない我儘が顔を出す。



｢……逢いたい｣



それはついに口からこぼれ落ち、誰もいない部屋にかき消えた____、



｢____僕も逢いたい。逢いたかった｣


｢んわぁ____？！｣



はずだったが、いちばん受け取ってほしかった人が、ここにいるはずのない人が 私の言葉を受け取ってくれたらしい。

だが、私は受け取ってくれた喜びよりも、一人だと思っていた室内に人がいることに驚愕した。
彼でなかったら心臓が止まっていただろう。



｢ちょっと、変な声出さないでよ｣

｢や、え、るぅとくん、なんで……｣

｢今日忙しいってAには言ったもんね。急遽お休みにしちゃった。さぷらーいず｣



わぁ、と両手を広げかわいらしいポーズをとっているるぅとくんだが、私は未だ現実が飲み込めない。

合鍵は渡してあったが、まさかこんな使い方をされるとは。

音もしなかったし、もしかしてこの手のプロなのでは……とそんなはずもないのに勘ぐってしまう。



｢……嫌だった？｣

｢ううん、嫌じゃ、ない。びっくりした｣



むしろ、泣きたくなるほどに嬉しい。


背後のるぅとくんと目を合わせると、彼の目線は私ではなく ケーキに向いていた。

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