煙草の話。【松田陣平】

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"夏祭り、行かね？"






滑らかに指を動かし、そんなお誘いを松田さんは私に向けてした。





丁度"祭り"という手話を教えていたので、初めはそれが例文のように思えて仕方なかったのだけれど。





間が空く時間が長くなるにつれて、彼の持つ群青の瞳が私に返事を求めているように見えた。本当に誘っているようで、頭の中が軽く混乱してしまった。







"例文ですか？"





"例文じゃねぇよ、ちゃんと誘ってんだよ"







日常会話は紙で。松田さんが現れてから随分と紙が消費されるようになった。最低でも1日3枚は、白紙から彼と話した記録へと姿を変えた。思い出は減らしたくないので、絶対にゴミ箱に入れることは無かった。お陰で引き出しはパンパンだ。







"祭り何日ですか"






"8月14日。平日だけどその日丁度休みだったからさ"





"平日はこの仕事があるので無理かもです…"











"サボっちゃえばいーんだよ"









ニヤリと口角を上げて目を細め、どこか愉しげな表情を浮かべながら私を見つめる彼に目を見開く。
でも、とか、さすがにそれは…とか、そんなうじうじした回答彼が求めているはずない。私もそれを口にしたいなんて微塵たりとも思っていない。






サボっちゃえよ、なんて。なんて無責任で勝手な言葉だろう。それでいて、なんて自由で煌めいて見えるような言葉だろう。




あぁ、彼の吐く言葉はどうしてこんなにも私の心を踊らせるの。私のハジメテを奪う度に、なんでこんな幸せな海に私を沈めるの。






いつか、溺死してしまいそうじゃないか。







それなら、喜んで溺死してしまおうじゃないか。









高鳴る胸の鼓動を鬱陶しく思いながら、こちらを見つめる松田さんに手で丸を作りOKサインを出す。溺死する準備は満タンだ。私は永遠に彼に心酔していたい。







"ワルだな"





"松田さんが言い出したじゃないですか"









こんな会話だけでも幸福を感じてしまう。

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