煙草の話。【松田陣平】

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松田さんと出会ってから約１ヶ月程経った。彼は前に交した約束通り、一日たりとも欠かすことなくこの店に朝と晩通い続け、マールボロを購入し続けた。そして閉店時刻ギリギリにやってきて、手話の練習へ時間を注いだ。





職業柄か、はたまた生まれた時から備わっていたのか。松田さんは非常に飲み込みが早く、記憶力も抜群だった。昨日教えた手話は次の日になれば必ず覚えているし、前より難易度が高い手話も苦戦することなかった。




次第に彼を見ていると、手話を習い始めた頃の私が記憶に流れるようになった。ずっと同じところでつっかえて、何度も何度も覚えようと必死に、小さな手を動かす私の姿が。



誰かと話しをしたい。そんな純情でキラキラと眩い光を放つ希望と欲望を持って、手話一覧と書かれた本がボロボロになるまで愛用して。でも結局、その望みは叶うことなく、今手元にあるのは孤独と煙草と職業だけ。




無駄な時間だった。手話なんて覚える必要なかった。そんな事思って、1か月前までは過ごしていた。でも、彼が。松田さんが、あの時手話に注いだ時間を無意味から有意義に変えてくれた。私の当たり前を変えてくれた。




この色褪せた世界を、簡単に彩らせた。




ジメジメして、どこか汚らしいこの路地裏を特別な場所にしてみせた。



そして、そして遂に







"これが、好き、です"






恋という、くらくらしてしまうほど甘い蜜のような魔法を私に掛けた。












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